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今回は恐竜編最終章です。


生きていた恐竜

約1000年前に建設されたカンボジアアンコール・ワット寺院遺跡の壁に装飾で彫られた
ステゴサウルスがあります。
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ステゴサウルスが、1000年前までカンボジアにいたのです。
背中は盾の列封印され、固く閉ざされている。
その盾は次々と連なって風の吹き込む透き間もない。
一つの盾はその仲間に結びつきつながりあって、決して離れない。 (新共同訳 ヨブ 41:7-9)
 
ステゴサウルスのことのような描写です。
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古代メソポタミアの円筒状の物に模様が彫られていて粘土板なのに
押しながら転がすと模様が刻まれる円筒印章に、ディプロドクスが彫られています。   71e8007f

1942年11月、オークランド博物館の考古学者サミュエル・ハバードと、アメリカ国立博物館の
古生物学者チャールズ・ギルモア率いる探検調査隊が、アメリカ、アリゾナ州
グランド・キャニオン北部ハバスパイ渓谷の切り立った岩壁の表面に
先住民のプエブロ族が描き遺した岩絵を多数発見しました。
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さまざまな動物や人間の営みが描かれている中で目立つのが、がっしりした足と太い尾で
体を支えて直立する大きな頭の動物で恐竜の獣脚類(肉食恐竜)の印象を与えます。
この渓谷周辺の中生代の地層からは、恐竜類の化石や足跡も多く発掘されています。
生ぎのびた恐竜を間近に目撃した先住民が描いたのでしょう。

アメリカ、ユタ州ナチュラルブリッジ国立公園内には、この地に紀元前2世紀頃から
紀元13世紀まで定住していたアナサジ族による恐竜の岩絵が今も観光客の注目を集めています。
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メキシコ
のマヤ遺跡ジバンチェで発掘された納骨壼らしい土器の側面には、翼竜が描かれています。
この壺絵の翼竜がペリカンやフラミンゴなどの現生鳥類とはっきり異なるのは
くちばしの先端の大きな隆起と後頭部から突きでた角状突起で翼竜のオルニトケイルス科の特徴です。
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2007年には、ヨーロッパ東端、現在イスラエル支配下のゴラン高原でユダヤ教の会堂の廃壇の土台石に馬に襲いかかる怪物の岩石彫刻が発見されました。
ディロフォサウルスクリオロフォサウルスが有力候補です。
クリオロフォサウルスなら頭の突起が一本角にも見えます。
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ネパール
のヒマラヤ山中にあるムクティナス中央寺院の境内に、沐浴用の雪解け水が流れ出ている
蛇口を兼ねた聖牛の石造頭像が108個並んでいます。
さまざま形状の頭像のうち少なくとも1個はトリケラトプスの顔面です。
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1971年、イタリア北部のギリファルコ村を襲った地滑りを調査中、トローネ・アッツァリティ弁護士が
偶然発見して収集を始めた無名の古代文化があります。
まだ考古学界には認められていませんが、背中にな骨板を並べたステゴサウルス科に属する
草食恐竜のテラコッタ造形物があります。
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メキシコ西部太平洋沿岸に栄えたハリスコ文化(紀元前3世~3世紀)の素焼き粘土は
アンキロサウルスです。

ローマの歴史家プリニウスは、紀元1世紀に書いた『博物誌』の中で、インドにはドラゴンが存在し
天敵である象と絶えず反目闘争を続けていると書き残しています。

1658年に『蛇の歴史』を書いたエドワード・トプセルも、ドラゴンについて
明確で詳細な記述を残しています。
インド、エチオピアフリギアのドラゴンは非常に大きな口を持ち
鳥や動物を丸のみにすることも多いといいます。

『恐竜のなぞ』(SAVE新日本視聴覚伝道刊)というビデオに
次のようなことが紹介されています。
紀元前4世紀に、ギリシャのアレクサンドロス3世がインドのある町を征服したとき
その町の人々が洞窟にすんでいるある巨大な獣を神として拝んでいるという動物を調べに行くと
それは30mもあり鼻息が荒く、姿の恐ろしさに兵隊たちも驚きおののいたと記されています。
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ブラキオサウルス

紀元10世紀のアイルランド人は、珍しい大きな動物に出会ったときのことを記録に記しています。
その動物には堅固なつめを持った太く恐ろしい足があって尻尾には後ろを向いたとげがあり
また頭は馬のようであったと記されています。
この尻尾などは姿はステゴサウルスのようです。

フランスのナールーク町の名は、昔、人々が竜を退治したことを記念してつけられたものです。
竜とよばれたこの動物は、刀のような鋭い大きな角を持ち牛よりも大きな体で川に棲んでいた
とされており、これはトリケラトプスのようです。fef552ba




















中国にも竜の伝説があります。
竜についての描写の多くが剣竜類の草食恐竜で、体長は2,5~5mのケントロサウルス
についての描写と一致するのです。    1081263

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ロンドンにある大英博物館のガラスケースの中に非常に古い歴史書の
『アングロサクソン年代史』が収められています。
それは1000年ほど昔に起こったさまざまな出来事を記録しています。
この本の中に人間と一緒に生存した竜についての記述があり、それらの竜についての説明が
恐竜に一致しているのです。

1500年代に書かれた有名な科学の本の中にも現実に今生きている珍しい動物として
竜が紹介されています。
同じ時期に博物学者ユリシーズ・アルドロバンダスの記した文献にも、次のような
記録が載っています。
1572年5月13日に、あるイタリヤ農民が道で珍しい動物に出会いました。
その動物は、そのころにはすでに数も少なくなっており絶滅寸前にありました。
首の長いその動物はシューシューと音を立てていましたが、農民は
その頭を打って殺してしまいました。
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インドネシアの木の彫刻は、アヒルのように長く平たい口が特徴的な
ハドロサウルス科の草食恐竜を模したと思われます。
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紀元4~7世紀ごろのエクアドルの壺
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カリア(現トルコ)紀元前530年ごろ

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モササウルス 

 

09d993ad6e1360dc紀元前200年ごろ ローマ

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オーストラリアのファーノースクイーンズランド州の先住民族の岩絵


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1924年にアメリカの  ツーソンで発見された剣
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1496年のイギリスの司教カーライル・リチャード・ベルは、恐竜が彫られた
真鍮で飾られた墓に埋葬されました。9e688f97

イギリスの大英博物館に北米先住民トリンギット族がつくりだしたラトルが展示されて
その形状は首長竜を模したとしか思えません。b05e706e

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紀元前200年ごろからの以前の青銅の作り物と思われ、くちばし恐竜の
オヴィラプトルの特性があります。
オヴィラプトルは、プロトケラトプスの物と考えられていた卵のそばで発見されたため
プロトケラトプスの卵を盗んで食べようとしていたと思われ、卵泥棒を意味する
オヴィラプトルという名前になりました。
後年、プロトケラトプスの物と思われていた卵の中から孵化寸前のオヴィラプトルの
胚(胎児)の骨格や、オヴィラプトルが巣におおいかぶさった状態の化石が発見され
オヴィラプトルは抱卵していたと思われています。 c8a2a391

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(紀元前17世紀ごろ-紀元前1046年)の作り物は
カモノハシ恐竜ともいうサウロロフスだと思われます。


モケーレ・ムベンベ9bca527e


モケーレ・ムベンベ
は、アフリカ大陸中央部のコンゴ共和国カメルーンガボンなどの
広大な熱帯雨林の湖沼地帯に生息しているのではないかといわれている現地人に古くから
語り継がれてきた伝説上の怪物です。
言い伝えや目撃談を総合すると、体の大きさはカバとゾウの間ぐらい、体長は5~10mで
ヘビのように長い首と尾を持ち、4本脚で直径30cm以上の丸い足跡には3本の爪跡があるとされる。
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モケーレ・ムベンベの目撃の大きさにバラツキがある理由は
親子のモケーレ・ムベンベがいるからです。
モケーレ・ムベンベの成獣の大きさは、アフリカゾウほどで、象の胴に長い首と尾をつけた姿です。379afe62

カメルーンでアメリカ軍がモケーレ・ムベンベに遭遇したとき、その後ろ姿が撮影され
それにより深い茶色の体毛が生えていることが確認されました。
オスとメスのつがいのモケーレ・ムベンベが捕獲され大型ヘリでコンゴ川の支流で待つ
特殊船へと運ばれ軍事施設の地下で飼われているといいます。


カンガルー恐竜
2004年、チリから「カンガルーのような恐竜を目撃した」という奇妙なニュースが発信されました。
カンガルーは動物園から逃げ出してはいせん。
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※動画はヴェロキラプトルです。
その他の恐竜動画はコチラ

2004年12月7日(現地時間)、軍事衛星と連動するアメリカの特殊車両2台が
カンガルー恐竜とよばれるつがいを捕獲しました。
2匹の異様な生物が高速で逃げている様子を追う車上から撮影していて、一見する
とカンガルーにも見えますが、カンガルーは両脚を交互に出さないし尻尾をまっすぐ立てる
こともありません。
体毛は赤色で耳の大きさも形もカンガルーとは違い、毛のない顔は骨格を含めてカンガルー
とは違います。

アメリカ軍が2頭のカンガルー恐竜を捕獲した場所は、イキケの南東約60kmのピンタードスから
北に入った地点とされ、めったに人が訪れない場所です。
カンガルー恐竜は2時間ほどの追跡劇で、片方が網で捕獲され、ほぼ同時にもう片方も
捕らえられたらしい。
報告書によると、最初に捕らえたのは雄で雌はそのまま逃げずに近くにとどまったという。
爬虫類ではそんな行動はありえないし、つがいで行動することもなく、つがいは
鳥類や哺乳類の習性です。

実際、カンガルー恐竜は全身が赤い体毛でおおわれ、犬のような耳と、馬のような
タテガミが背中まで続いていた哺乳類でした。
小さな前脚は5本指で、頑丈な後脚は前方が三又、後指が1本の計4本指で
顔はハイエナのように額の後ろまで禿げ上がり、目も異様で可愛い生物ではないらしいです。 
アメリカ軍は捕らえたカンガルー恐竜に、チリ北部一帯に住むアウカ族の伝承に出てくる
悪霊「ゲクフ」というコードネームを付けました。

首長竜も哺乳類です。

1852年1月13日の捕鯨船モノンガヘラ号が、南太平洋の赤道無風地帯をゆっくりと
進んできたとき船首の前方800mの海中にうごめく異様な物体を発見しました。
しばらく望遠鏡で観察しましたが、海面をゆったりとのたうっている巨大な生物です。

くりだした3艘のボートの先頭に立って、シーバリー船長、巨大な生物に銛を打ちこみました。
漕ぎ手たちは、本能的にボートを後退させました。
一瞬ののち、海中から3mもある巨大な頭が海水を滝のようにしたたらせて立ち上がり
巨大な頭がボートに 向かって突進してきたのです。

3艘のボートはひっくり返り、船員たちはその場から逃げ出すのがやっとでした。
怪物はものすごい吠え声をあげました。
次の日の朝方になって、ようやく怪物の死体が海面に浮き上がりました。

そこに居合わせた誰も今までに見たことがない怪物は30mのモノンガヘラ号よりも長く
胴の幅が最大の部分で15mもありました。
頭部はワニに似ていて、長さ3m、口の中には24本の鋭い歯があり
歯の大きさは約8cm、蛇の歯に似て内側はカギ形に曲がっていました。
体の色は茶色がかった灰色で、幅約1mの明るい縞目が全体にわたってました。

この特徴からして、ホワイトサンデー島の長大怪物とよく似ています。
シーバリー船長は、怪物の首を切断し保存のため大きな塩漬けの桶に入れました。
そして近くにいた船に依頼し報告書とともにニュー・ベッドフォードへ送りました。

何年かのち、モノンガヘラ号は海で行方不明になり、船名板がアリューシャン列島のウムネク島の
浜辺で発見されました。
これは、この怪物の家族が仕返しをしたのかもしれません。
爬虫類はつがいや家族で行動しませんが、哺乳類は家族で群れを作ります。
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1969年4月15日 モノンガヘラ号の船名板が発見されたアリューシャン列島のアラスカのシェリコフ海峡の海底で、ノルウェー漁船マイラーク号による60mもの首長竜と思われるのソナー画像。
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首長竜のプレシオサウルスは、赤ちゃんを産み、群れで暮らしながら子育てをしていたと思われます。
アメリカの研究チームが2011年8月の『サイエンス』誌に発表されています。

アメリカ、カンザス州の7800万年前とされる地層から掘り出された化石を調べたところ、4,7mの母親の腹の部分から1,5mの胎児の骨もありました。
大きな赤ちゃんを1頭だけ産むという特徴は、シャチや小型のクジラなど群れを作って子育てをする現代の哺乳類です。
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2006年30月30日、マレーシア本島より約65㎞離れたPulau Tiga島で謎の海洋生物の骨が発見されました。
発見したのは地元の漁師たちで、最初に骨を見たときはクジラかジュゴンの物と思ったらしいですが
ワニのような頭蓋骨から今までに類を見ない生物の骨であると判断したと話しています。
漁師たちはこの骨の一部を掘り出し、マレーシア、サバー州にある大学の研究室へ鑑定を
依頼したところこの骨を見た専門家からはプレシオサウルスの骨格標本と酷似している
との見解でした。
骨の状態から見てこの生物は死後約1か月であると推定されています。
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イタリアのピエロ・ディ・コジモが描いた中世ルネサンスの絵画
アンドロメダを救うペルセウス」には海から体を乗りだす竜がいます。
体毛があり、2本の大きな牙が下顎から生えています。
竜の図像としては珍しいですが、これとそっくりな怪物の遺体が発見されています。

1969年にメキシコのパルマール・デ・スサーナに、異様な姿をした動物の遺体が打ち上がりました。
発見した農民たちは、腐敗臭がひどかったため、1週間後に町長に報告しました。
怪物の背中は船のスクリューに巻き込まれたのか、切断されたように肉がはぎ取られています。
漂着した怪物の全長は22m、幅は6mで、体重は24トンで、頭部の長さだけでも6,5m
幅は50cm、その重さは1トンにも達しました。

特徴的なのは体毛があったことで、羊毛のような滑らかさだったと記録が残っています。
口には異様に長い牙が伸びていました。
口の片方に1本しかありませんでしたが、両方そうっていればゾウの牙のようだったと思われます。
口の形は硬質で先が尖ってクチバシがありました。
長さ3,5m、重さ600kgを超えていたといいます。
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しばらくして当局の要請を受けたカリフォルニア生物研究所の学者たちがやって来て
これは恐竜時代の生き残りで、メキシコ湾流に乗ってベラクルスに運ばれたものと
推測されるというコメントをしました。
このニュースがアメリカの『ワシントン・ポスト』紙に掲載されると事態は一変し
著名な動物学者たちが口をそろえたように問題の生物はクジラに違いないと主張しました。

正体はシロナガスクジラの一種のロルケル・ルドルフィか、その変異体に違いないと断定し
いつしか一般大衆もこの意見に納得する形で事態は収拾してしまいました。
しかし、クジラにクチバシはありません。
メキシコのベラクルス大学のR・A・ララ・パメロス博士が事件に興味を持ち改めて
調査をしましたが、すでに当時を知る者がほとんどおらず、すべての記録も消失していました。
あきらめきれない博士は、メキシコ・シティにあるメキシコ国立大学におもむき
調査に当たったビージャに会おうとしましたが、本人に会うことさえ拒絶されたといいます。
アメリカ軍が裏で動いていたのです。


生きていた翼竜

※クリック後動画スタートします

 

1856年の春先、フランスサン=ディディエで、ナンスィに抜ける鉄道トンネルの工事中に
翼竜は出現しました。

その辺りの地層はジュラ紀とされていて、作業員が大きな岩を割ったところ
見たこともない不気味な怪鳥が岩石の凹みの中から転がり出ました。
怪鳥の体は密着した体毛でおおわれ脂ぎって黒光りしており、頭部はほとんど肌が露出していました。
くちばしには鋭い歯が1列に生えており、脚はコウモリと同じ体毛のある薄い膜で
つながっていました。
手に該当する部分には鋭い鉤型の爪があり、大きさはガチョウより一回りほど大きかったようです。
そして、その怪鳥は生きていました。

しかし、細かく痙攣を起こしながらしわがれた不気味な叫び声をあげると
すぐにそのまま死んでしまいました。
そこで鉄道工事の担当責任者たちが、その怪鳥をグレイ市の生物学に詳しい
博物学者の所へ運び込んだところ、翼竜と認定を受けました。

フランスの科学アカデミー会員だったその学者は電信でアカデミーに通報し
報告は驚くべき情報としてフランス政府にももたらされました。
フランス政府はすぐにアカデミーの学者を派遣し、翼竜の腐敗を防ぐため
氷を詰めた木箱に入れてパリへ運ばせました。
緊急だったため、保管場所は「アンヴァリッド」の地下に用意され、そこで学者たちは
腐敗し始めた翼竜を氷漬けにできる装置を作り遺骸を移し替えました。
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この翼竜は「ディモルフォドン」でした。



人食い鳥ピアサ

翼竜のネイティブ・アメリカンによる一般的な描写は、雷鳴、稲妻、大雨を起こす鷲に似た巨鳥です。
ナバホ族の伝説には、ひな鳥の餌にするために人間をさらった絶壁の怪鳥の言い伝えがあります。
イリノイ州ミシシッピ川上流域のイリニ族には、大人の雄鹿をも鉤爪で運び去れるほどの巨大な人食い鳥ピアサの伝説があります。

ピアサは村人を次々とさらっては断崖の洞窟に運んで食べました。
何百人もの戦士が何十年にも渡り入れ替わり立ち替わり退治しようとしたが失敗しました。
しかし、20人の戦士を近くに隠しておき、イリニの大酋長ワートゴがおとりになってをおびき出し
毒矢によりついに退治されました。

目撃報告を総合すると怪鳥は人を食べます。
しかし、ハゲワシコンドルの類ではありません。
これらの鳥はそんな重い物は持ち上げられないし餌にするのは死んだ動物で
生きている動物は食べないのです。
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1673年8月、マルケット神父とジョリエ神父の一行が川下り中に絶壁の怪鳥の岩絵を発見します。
岩絵は垂直の断崖の途中の25m前後の辺りに存在し、赤緑黒の3色で彫り込まれ
どれも長さ9m高さ3m以上あります。

1839年には、先史文化研究家ジョン・ラッセル教授が2羽の絵を確認しました。
ジョン・ラッセル教授は先住民2人とピアサが人間を運んだとされる断崖中の洞窟に潜入しました。
川面から20m近い高さにあり、形は不規則ながらも高さと幅は約6m、奥行きは約9mです。

床面は白い人骨でぎっしりと埋め尽くされ、1mほど掘っても地面には届きませんでした。
そののち、この付近の岸壁は採石場になるなどし、岩絵も1846~47年には完全に消滅します。
現在は戦いの現場付近の岸壁に岩絵を復元した看板が吊り下げられています。

スー族の先祖も空飛ぶ翼竜を見たことがあるようです。
スー族の先祖たちは、雷の鳴り渡るある日、空中で雷にうたれて空から落下する
巨大な鳥を見ました。
数日後、そこへ行ってみるとその巨大な鳥の遺骸が横たわっていました。
その鳥は足と翼の両方に大きなつめがあり、長く尖ったくちばしを持ち頭には
長いとさかのような骨がありました。
そして翼を伸ばした全長は約8mもあったのです。
この特徴は、まさにプテラノドンと完全に一致します。 
772490d50e38be2eスー族はその鳥をサンダーバード(雷の鳥)とよび伝説として語り継がれたのです。
サンダーバードは、自由自在に雷を落とすことができ獲物も雷で仕留められます。
翼竜のプテラノドンなどは、プラズマを発生させたのです。

プテラノドンの後頭部に張り出した特徴的な突起の内部は脳の延長が一枚の長い骨で左右に仕切られ、それが脳派を増幅させる装置と考えればプラズマを発生させる仕組みが判明します。
周波数をともなう脳波は一種の電波で、増幅装置があれば強力な電波に変異し、それが左右から照射して交差させればプラズマは発生します。
一部の恐竜は河童のようにプラズマを作り出すことができたのでしょう。
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2000年9月25日、ニューメキシコ州でアメリカ軍が撮影したサンダーバード=プテラノドン

紀元前5世紀のギリシャ人歴史家ヘロドトスは『ヒストリカ』に以下のように記述しています。
「翼ある蛇の件を調べにアラビアのある地方に行き……[退治された?]その大量の数の骨や背骨が[エジプトに通じる]峡谷平野に山積みされているのをこの目で見た。……
言い伝えでは、春になると大群の翼ある蛇がアラビアからエジプトへ飛んでいくが、黒いトキに侵入を阻まれて殺されるという……体形はヒドラ(水蛇)そっくりで、翼には羽毛がなく、全体的に何よりもコウモリの翼にもっとも似ている。……」
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この「翼ある蛇」は人間には有害ですが、サイズが小さいようで
天敵のトキの格好の餌食にされたらしいです。
トキが古代エジプトで神聖視された理由は、そこにもあるとヘロドトスは補足しています。
さらに紀元前7世紀ごろに書かれたとされる『旧約聖書』のイザヤ書には、こう記されています。

ネゲブの獣についての託宣。
彼らはその富を若いろばの背に負わせ、その宝をらくだの背に負わせて、雌じし、雄じし
まむしおよび飛びかけるへびの出る悩みと苦しみの国を通って、おのれを益することのできない
民に行く。 (口語訳 イザヤ 30:6

ネゲブの獣についての託宣。
彼らはその富をろばの背に宝をらくだのこぶに載せてほえたける雌獅子や雄獅子蝮や
飛び回る炎の蛇が住む悩みと苦しみの道を経て益を与えることのない国に赴く。
 (新共同訳 イザヤ 30:6)

ここでは「飛び回る炎の蛇」が、実在するライオンやマムシと同等に危険視され
また人間(彼ら)とロバとラクダとも併記されています。
したがって、「飛び回る炎の蛇」だけを神話動物とか想像上の怪物として解釈してよい
根拠はありません。 
「炎の」という形容詞は、従来の聖書研究家は解釈に苦しんで「赤い体色」とか
「かまれたトキの痛み」などの表現だとこじつけますが、体を光らすプラズマの炎ことだったのです。

翼竜の発生させるプラズマが、伝説のドラゴンの口から吐かれる火炎とされたのでしょう。
古来、西洋のドラゴンはコウモリの翼をもったトカゲのような形体であり、しばしば体毛が描かれ
小さい耳たぶのあるドラゴンもいます。
そして、火を吐く怪物として描かれています。

ドラゴンにもっとも近いのが翼竜です。
翼竜が、騎士の竜退治伝説が生まれた土壌となったのです。
ノアの時代の洪水以前の世界は、火を吐く竜が空を飛び、巨大な雷竜に乗った兵士が進軍し
電気を使った武器まで使用した世界でした。

1977年7月26日、アメリカのイリノイ州ローンディールでは翼長が3mほどある2羽の巨大な怪鳥が現れ、家の庭で遊んでいた10歳のロー少年の背中をつかみ飛び去ろうとしました。
しかし、横にいた母親が大声を上げ、少年が暴れたためロー少年は地上約60cmしか持ち上がらず怪鳥は途中で離し少年は助かったといいます。

わずか3mの距離から怪鳥を目撃したロウ婦人の報告では、この鳥は長さ45cmの首の周りにある
白い輪を除き全身黒色だったといいます。
鉤状に曲がったくちばしは長さ15cm、翼長はすくなくとも2,5m、地上に降り立ったときの
身の丈は1,3mはあっただろうと彼女は語っています。
この巨鳥は首に白く光るリング状の模様があり「ウーウーウー」と鳴いていました。

この3日後にイリノイ州の大学の秘書が首に白いリング状の模様のある巨大な鳥を目撃しています。
ローの事件のわずか2日後の7月28日、同じイリノイ州で大学の秘書をしている
ジャネット・フランズが、午後5時半ごろドライブ中に車の窓から首に白い輪を持つ
2羽の毛むくじゃらの怪鳥を目撃しています。

彼女の報告だとその巨大な鳥は全身を黒色の毛でおおわれ、翼長は少なくとも
3mはあり体重は100kgほどだったろうといいます。
その日は別の所でも2羽の巨大な鳥が目撃されました。
ローの事件現場から南へ10kmのトレモントで、午後4時ごろトンプソン夫妻が
大空を飛翔する見たこともない2羽の鳥を目撃しているのです。

さらにその日の夕方には、コペル付近をパトロール中の警官が多数の人々とともに
低空を滑空する巨大な鳥を目撃し報告を本部に送っています。
翌日の7月29日には、イリノイ州のアーミントンからデラバンにかけた一帯で
巨大なコウモリのような鳥が出没し、2羽の内の1羽が牧場の子豚を襲いさらっていったことが
報告されました。
その様子を目撃していた郵便配達員のジェームズ・メジャーズは、まるで戦闘機が
降下してくるときのような音だったと証言しています。

7月30日には怪鳥が写真に撮影されました。
その日の午後2時過ぎ、シュルビービル湖で釣りをしていたジョン・フハー親子が木に止まっている
巨大な2羽のコウモリのような怪鳥を発見し写真に撮影したのです。
その不気味な鳥は電気がスパークする時ときのような捻り声を上げていましたが
この時のカメラが望遠レンズではなく普通のレンズ撮影だったため、小さくしか写せず
学者のハゲタカ説でこの怪事件も終息するのです。
この目撃報告で見逃せない部分は、コウモリのような体毛におおわれ首に白い輪の
模様があったという点です。
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母親の巨大なコウモリのような生き物の首に白い輪があったという証言は、イカの石の人が乗った
翼竜にある首の周囲の輪の模様と一致しています。 



ローペン
 
ローペンは、ニューギニア島で悪魔の飛行者との意味を持つ呼び名です。
数ある目撃談の大半は原住民のものですが、白人宣教師の撃談も存在しますす。
撮影されたのはパプア・ニューギニアのマラガン・ビーチで、この生物は非常に大きく
羽毛のない翼、ネズミのような長く尖った尾をしていたと撮影者は証言しています。

このローペンの呼称は、パプアニューギニア中どこでも同じではありません。
パプアニューギニアは多部族の集合体なので、実際には似たような有翼の空飛ぶ怪物でも
部族によってそれぞれ異なる呼び名が存在するのです。
代表的なローペンという呼び名は、ニューギニア島の東沖にあって、とくに目撃例の多い
ビスマルク群島のランプッチョ島やウンボイ島、ニューブリテン島辺り使われています。
本島のパプアニューギニアでは意味はやはり悪魔の飛行者ですが「デュアー」とよぶのが一般的です。
そのほかの部族によって「クンデュア」「ゼンクロバリ」「ワワナル」など
さまざまなよばれています。

ニューギニア島で目撃されるデュアーには、一般的なローペンよりもサイズが数倍大きい物が
多いらしいです。
ギボンズ博士の報告では、1995年にグマロン村の住民たちが近くの山岳からジャングル峡谷沿いに
飛んできて村の真上を通過し、海のほうへ消えていくのを目撃した巨大なデュアーは
翼開長が推定6mもあったといいます。
1994年にパプアニューギニアを訪れたアメリカの元イリノイ大学教授のM・E・クラーク博士らの
調査隊の報告では、デュアーが住民の葬式に誘われるように出現し、墓地を掘り返して
埋葬されていた遺体を食い散らかしたり運び去ったりしたという話が伝えられています。

そこで住民側もそののちに墓地荒らしを防ぐ対策を工夫して、遺体に特別のおおいを被せるように
なりました。
同じような墓場荒らしの話は、たとえばランプッチョ島のローペンに関しても何件も目撃されました。
生きた人間をローペンあるいはデュアーが直接襲った話も、いくつかあります。

1980年代のある事件では、海岸にいた女性が掴み上げられて7km近く離れた山まで
運び去られました。 
別の事件では、庭にいた男性が連れ去られ、悲鳴を聞いて近所の住民が駆けつけたところ
ローペンは木の上で死体をついばんでいたといいます。
1986年8月にランプッチョ島に出現したローペンは、捕えた人間を一旦空中に掴み上げ
わざと落として殺してからむさぼり食ったそうです。
逆に眠っているローペンの足を丸太に縛りつけて捕えようとしたら、目を覚まして
丸太をぶら下げたまま飛び去ったとか、浜辺で休んでいたローペンを魚網で捕獲しようとして
殺された話もあります。

2001年に研究家ブライアン・アーウィンが現地調査で出会ったラルフと言う原住民の話は
さらに具体的です。
1989年の夕方、ラルフがランプッチョ島の東で友人と海釣りの最中、急にローペンが
攻撃してきました。
2人が海中に飛び込んだ直後、ローペンが舟にぶつかり反対側の水中でバシャバシャ暴れる音がして
ようやく飛び去ったといいます。
それに続くアーウィンの報告によると30年前位まで同島東側の無人地帯では一度に数匹の光るむローペンが目撃されたのに、今ではいつも1匹だけしか現れなくなったそうです。

夜になると発光するローペンですが、陸上でも海上でもほんのりと全身、あるいは腹部付近を
発光させて飛び回るのが目撃されています。
明るさは折って使うライトスティックの光くらいといいます。
とくに捕食行動時は魚や貝などの海中の獲物をおびき寄せる誘魚灯の役割もあるらしいです。
ローペンはプラズマ発光しているのです。
ローペンが主食としているのは専ら魚であり 、ふだんは海にでて獲物を捕らえています。 
931fda17写真の詳細は不明ですが、ローペンが写っています。



コンガマトー

アフリカザンビア共和国のジュンズー沼沢地帯で目撃される謎の巨鳥がコンガマトーです。
コンガマトーとは現地の言葉で「小舟を沈没させるもの」や「小舟を壊すもの」の意味があります。
コンガマトーの存在が世に知られるようになったのは、1923年に出版された
『In Witch-Bound Africa」(アフリカ見聞録)で、著者のフランク・メランドが
コンガマトーについて触れています。
当時はローデシアとよばれていたジンバブエの北部で、地元の原住民が語る異様な姿
について興味を抱いたメマンドは、出現現場のジャンドゥ渓谷で図鑑を広げて聞き取り調査を
したところ、皆一様に翼竜に異常な関心を示し、口々にコンガマトーだと叫びました。
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コンガマトーは鳥に似ていますが鳥ではなくコウモリのような翼がありますがコウモリとは違う生物で、その姿は翼竜だったのです。
『In Witch-Bound Africa(アフリカ見聞録)』の中で、コンガマトーはザンビア北西部州の一部の湿地帯に生息する飛行性生物で、長いくちばしには鋭い歯が並び鳥類のような羽毛はなく黒灰色の皮膚と翼開長1,2~2,1mのコウモリのような翼を持っていると記されています。
メランドが原住民に図鑑を見せたところ、それが翼竜プテロダクティルスに似ていることが判明します。
d8905dbbジンバブエで撮影された写真の拡大

写真が撮影されたのは1998年9月23日です。
ジンバブエの首都ハラレの西に広がるビクトリアフォールズ国立公園で動物保護区を監視していた
デービッド・モランが同僚と一緒にザンベジ川に近い亜熱帯林をパトロールしていたとき
撮影したの写真です。
コンガマトーの翼の開長は約3~4mで、クチバシには鋭い歯が並んでいることが
確認できたといいます。 
尾が短いのでプテロダクティルスと思われますが、化石から判明しているプテロダクティルスの
翼開長は2~3mであることから、かなり大型の個体かもしくは近種の可能性もあると思われます。
ef8b64df写真についての情報がなく詳細は不明

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オランンバッチ


同じニューギニア島でも西沖のインドネシア領内のセラム島辺りではオランバッチとよばれています。
夜な夜な空から降りてきて、赤ん坊や子供たちをさらっては断崖の巣に運んで頭からばりばり食う
「オランバッチ」。
オランは人バッチとはコウモリのことでコウモリ人間です。

らんらんと光る目は血のように真紅で、全身、赤茶色をした体毛におおわれています。
背中に生えたコウモリのような翼と尻から伸びる長い尾があります。
オランバッチには耳たぶがあります。
耳たぶがある点も、おそらくコウモリと形容された理由でしょう。

インドネシアのマルク諸島の1つセラム島は、険しい山地とジャングルにおおわれた未開の地です。
1987年、先住民の農地開墾を援助するため現地入りしたイギリス人宣教師タイソン・ヒューズが
地元の伝承の1つとして聞かされたのが始まりです。551d46e8 (1)
2004年、インドネシアのセラム島で撮影された伝説の「オランバッチ」14e063fd

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目撃情報を総合すると、オランバッチはランフォリンクスです。  4751eea7




















モスマン


アメリカで今や都市伝説ともなっている謎の怪物「モスマン」。
赤く光る目で頭上を舞い、ボルターガイスト現象をも引き起こす
恐怖の蛾人間の姿が捉えられました。
アメリカのウエストバージニア州ポイント・プレザントにあるオハイオ渓谷で
得体の知れない怪物の目撃が相次ぎました。

怪物の体長は約2mで一見すると人間のような姿をしていますが、首はなく肩のあたりに
らんらんと光る赤く大きな目が特徴で、背中には蛾のような翼が生えており
時速100km以上で飛翔するといいます。          
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目撃者の証言によるモスマンの想像の絵

人々を恐怖させた一連の事件は、1966年2日に始まります。
夜にレンデニン墓地で埋葬の準備をしていた5人の男たちが同時に、巨大な鳥のような生物に
遭遇しました。
怪物は音もなく頭上を飛び越えたましが、ライトに一瞬浮かび上がった姿は明らかに
鳥ではなかったといいます。
続く11月15日の夕方、プレザント岬近くにあるTNT火薬工場跡の近くを自動車で走っていた
若夫婦が巨大な翼をもつ異様な怪物を目撃します。

怪物は猛スピードで車を追いかけてきました。
保安官事務所に駆け込んで難を逃れましたが、それからしばらくたった夜10時
今度は90マイル(約145km)ほど離れたセイラムで事件が起きました。
その町に住む男性ニーウェル・パートリッジが家でくつろいでテレビを見ていたところ
急に画面が乱れ始めたかと思うと、天井から壊れた発電機のような音が聞こえてきました。
何かが屋根にいるのか庭で飼っていた犬がポーチから外に向かって吠え始めました。
不審に思ったパートリッジが外に出ると、ちょうど犬が納屋に向かって走っていきます。

手にした懐中電灯を行く先に向けた瞬間、暗闇から翼のある巨大な怪物が現れました。
真っ赤な2つの目がらんらんと輝き、パートリッジをじっと見つめています。
驚いた彼はあわてて銃を取りに部屋に一戻りましたが、あまりの恐怖で外に出ることができず
銃を片手にベッドの脇で一晩を明かしました。

翌朝、外を見ると怪物とともに犬もまた姿を消していたといいます。
新聞に掲載された火薬工場での目撃証言には、逃げる途中で犬の死体があったと記されていました。
この火薬工場近辺では何度も奇妙な光体の目撃や、ネズミやコウモリに似た「キィキィ」
という鳴き声を発したという証言もあります。
赤く光る目や大きな翼は巨大翼竜の特徴です。

翌11月16日、一連の怪事件に関する記者会見が郡裁判所で開かれました。
若夫婦が火薬工場跡での目撃談を語り、保安官代理人のミラードハルステッドが2人の証言を
保証しました。
この会見はニュースとして流され、モスマンの名は全米に広まりました。

会見の直後、また事件は起こりました。
夜、火薬工場跡近くに住むラルフ・トーマス一家のもとへ車で向かっていた
マーセラ・ベネット夫人が上空を飛び交う奇怪な赤い光を目にします。
その正体までは分からなかったというベネット夫人はトーマス邸に到着し、赤ちゃんを
車から降ろそうとしたとき、何かが自動車の近くで動いた物体を見ると地面からゆっくりと
浮揚する巨大な灰色の物体がありました。
その物体はゆっくり空中に浮揚すると、真っ赤な目で彼女を見下りました。
夫人はウォムスリー夫妻と一緒にトーマス邸に逃げました。
怪物は彼女たちを追いかけ、窓越しに家のその中を覗き込んだといいいます。

モスマンは火薬工場跡を根城にしているらしく、周辺で事件が多発しています。
そこは第2次世界大戦中に保管された膨大な量の木材とコンクリート塊が積み上げられたまま
数百エイカーにわたって広がっています。
地下には使用されなくなったトンネルが網の目状に張りめぐらされ、周囲全域を
蜂の巣状につないでいました。
ここにモスマンは隠れているらしいのです。

12月に入り、ジャーナリストだったジョン・キールがプレザント岬に入り、現地調査を
本格的に行ったところ意外な事実が浮かび上がりました。
モスマンが隠れすむという火薬工場跡周辺では、しばしば自動車がエンストする事件が発生し
オハイオ・バレー地域では不可解なポルターガイスト現象が起きていました。
ロックされたドアが勝手に開いたり、異様な音が室内や屋外で響いたりしていたのです。

11月21日に、スカーベリー夫妻の家で起こった事件は典型的な例です。 
突如、奇妙な物音が家中に響きわたり、電灯がついたり消えたりしたかと思うと食器が
宙に浮かんだといいます。
同様の現象は火薬工場跡地の南に建つジエームズ・リリー家でも起こっており
家人たちは悩んだあげくに家を売り出ていきました。

こうした怪現象とモスマンは関係があります。
翌年の12月15日、午後5時過ぎ、ポイント・プレザントとオハイオ州のカノーガを結ぶ
シルバー・ブリッジが一瞬にして倒壊する大惨事が起きます。
クリスマスのショッピングでもっとも混み合う時間帯で、橋にかかる重量は相当重くなっていました。
橋の崩落とともに31台の自動車がオハイオ川の濁流に落下し46人が死亡、18人が負傷
2人が行方不明となりました。
当時はまだ火薬工場跡地の近くに住んでいたジエームズ・リリー家の人々が事故当日
上空に12個以上の無気味な光を見たと証言したことから、人々はモスマンが惨事を
引き起こしたのではないかと噂し恐怖しました。

1966年当時、モスマン騒動はUFO事件と関連して語られたことから、密かに
アメリカ国家安全保障局(NSA)が動きました。
NSAはUFO関連を極秘調査することが任務で、エージエントは黒い背広を着て2人で行動し
メン・イン・ブラック(MIB)とよばれました。

モスマン騒ぎから橋の崩落後までMlBの姿が各所で目撃され、異様な話し言葉で
町の混乱に拍車をかけていました。
MIBが火薬工場跡地で深夜に徹底的にトンネル内を調査したところ、ついにモスマンを
発見しますが、その直後にモスマンはプラズマを発して飛び上がり捕獲には失敗します。
b131bcb3モスマンの正体は巨大翼竜「ケツァルコアトルス」です。
全身が体毛におおわれた翼竜は、前かがみになると両目がちょうど胸辺りになります。
そこにライトが当たると真っ赤な目に見えるのです。4bf38f36
 
プテラノドンは後頭部に張りだした突起がで特殊な電磁波を生み出し
プラズマを発生させることができます。
この後頭部の突起は真ん中が仕切られてて左右に分かれており、そこに右脳、左脳が詰まっていて右脳と左脳から電磁波を発生させ、その2つの電磁波を交差させてプラズマを発生させています。
ケツァルコアトルスの頭部の突起は単なるトサカであり、プテラノドンのようにその頭部の突起部に右脳、左脳が詰まっていません。
ただしプラズマを発生させるには脳が左右に分かれてればよいので突起がある必要はないです。
モスマンの周辺で起こるボルターガイスト現象やUFO(火の玉)は、プラズマによる現象です。
 
 
 
ジーナフォイロ

西アフリカのサハラ砂漠西南に位置するセネガルに現れるという「ジーナフォイロ」は
目撃者の証言から体長は約1,2m、コウモリのような翼を持っています。
眼は赤色で、足には3本指の鉤爪があります。
出現するときは、大きな白い光と共に現れます。

セネガル南部に住む原住民マティンガ族によると、ジーナフォイロに目をつけられたら
最悪の場合は死ぬといわれています。
ジーナフォイロに遭遇した人は、体が硬直してしまいジーナフォイロが放つ悪臭により
息切れや鼓動が速くなる症状が出ます。
ほとんどの場合怪物が過ぎ去るとその症状は治まりますが、受けた影響が強いと
衰弱死してしまう場合がある特徴があります。

そして、消えたり現れたりでき壁をすり抜けます。
複数の発光体をともなって出現し、ジーナフォイロ自体が発光します。
 
1995年10月9日の晩、アフリカ・セネガルに住むロイド・グメイナーが、家に帰宅したとき
家のの前で爬虫類のような姿で赤い眼を持った怪物とすれ違ったと証言しました。
証言の内容はその生物とすれ違った瞬間に悪臭がし、そのまま体が硬直しあまりの息苦しさに
その場に倒れました。
そののち、体調を崩し毎日頭痛や吐き気や下痢が続きました。
症状が一向に改善しないことから病院で検査を受けた結果「放射線被爆症状」と診断され
後遺症が残ってしまいました。
この証言をしたロイドのほかにも複数の人々がこの怪物を目撃しており頭痛などの症状を訴え
さらに亡くなった人も出てしまったといわれています。
これらはすべてプラズマ特有の現象です。
 


ジャージー・デビル

ジャージーデビルは、体長1~1,8mほどで、長い首に馬に似た顔、真っ赤な目を持ち
胴体は黒っぽい毛でおおわれており尻には細長い尾があり、背中にはコウモリのような翼で
空を飛びます。
伝説によれば1735年、ニュージャージー州に住んでいたリーズ夫人は13人目の子供を妊娠しました。

ところが、今回に限って非常に難産で臨月を迎えたリーズ夫人は激痛にさいなまれ
つい思ってもいないことを口走ってしまいました。
「こんなに苦しませる子供は悪魔にでもなってしまえ。」
ようやく生まれた13番目の赤ん坊は、母親の腕の中で突如、怪物へと変身。
馬の顔にコウモリの翼を持った怪物になり、耳をつんざく金切り声をあげ
そのまま天井を突き破って夜空に飛んでいったといいます。

この話には異説があり、呪ったのはリーズ夫人が冷たくあしらっまじをりした魔術師であるとか
夫人が魔術にふけっていたのが原因であるなどの話まであります。
さらに怪物の姿となった子供を地下室で育てていたともいい、友か人がかまれた、助産士が
殺されたなどというバージョンもあります。
ジャージーデビルは当初「リーズ家の悪魔」、もしくは「リースボントの悪魔」とよばれました。
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1909年1月のフィラデルフィア・イヴニング・ブレティン紙で報告されたジャージー・デビルの絵
 
ジャージーデビルの誕生の真相は、次のとおりです。
1735年ごろ、パイン・バレンズのリースにはシュラウス家が住んでおり、リース夫人も実在しました。
彼女には12人の子供がいて、当時下から3番目の子供か森て奇妙な卵を発見し拾って家に帰ってきました。
不思議な卵を前に兄弟たちは家の暖炉て温めて孵化させようとし親たちも反対しなかったのですが、数か月後に中から出てきたひなを見て
驚いてしまいました。
卵から出てきたのは見たこともない鳥だでした。
産毛におおわれた無気味な翼と尖った耳、オレンシ色の目で、一見するとコウモリのようですが
細長い尻尾と長い首はコウモリではありません。
コウモリは哺乳類で、卵を産みません。

親たちはすくにひなを森へ捨てるようにいいましたが、子供たちは捨てたふりをして
地下室て雛を育てていました。
そして、ある日、餌付けしていたときに一番下の妹が怪物に腕をかまれたのです。
怪物も小犬位に大きくなり、籠の中て翼をばたつかせ、甲高い声て鴫くようになっていました。

もはや子供たちたけで対処することができないほになっていたのです。
その夜、偶然に立ち寄った近所の住民たちと一緒に親か駆けつけ、なんとか
始末しようとしましたが、怪物は奇声を発して飛び去ったといいいます。
実際、ジャージー・デビルの目撃事件は少なくありません。

1778年、スティーヴン・ディケーター海軍代将が砲弾テストを行うためハノーバー鉄工所を
訪れていた際、見たこともない怪物に遭遇しました。
頭上を飛行する怪物めがけて発砲したところ、その弾か翼膜を貫通し、そのまま姿を
消したといいます。

1820年代には、スペインの国王たったジョセフ・ボナパルトがニュージャーシーて怪物を
目撃したという記録も残っています。
1909年に起こった事件は、1月16日から23日の8日間、30以上の地域で数干人の人々か
ジャージー・デビルを目撃しました。
21日、怪物はハッドンヘイツてトロリー式の市街電車を襲撃したため、町のトロリー式市街電車は
武装した警備員を乗せる事を決定しました。
再び現れたジャージー・デビルは、クレイトンてトロリーの電線に接触して感電したものの
死なすに飛ひ去りました。
そののち、アトランティックシティ近くの電報労働者か銃で怪物を狙撃しました。
足を引きずる姿か確認されましたが、これに対する報復たったのか怪物は
フィラデルフィアペンシルベニア州コリングズウッド西部て大暴れし
22日は多くの企業と学校か閉鎖したと伝えられています。

1980年には、怪物は州南部に現れ、ヤギやニワトリなどの家畜を襲いました。
1993年、森林警備隊のジョン・アーウィンか、ムライ力川ぞいを車て走っていた際
怪物を目撃しました。
体長は2m弱で、黒い体毛におおわれ二足歩行していたといいます。
2007年、フリーホールドで、女性か犬のような顔をした巨大なコウモリを目撃し
同年8月も1人の青年かローレル山とモーレーストーンの境付近て、ガーゴイルのような
怪物が木の上にいたと報告しました。
2008年1月23日、怪物はペンシルベニア州のリッチフィールドに出現します。
同年8月18日にはペンシルベニア州のエベネゼルにある教会の前を車て走っていた
3人のティーンエイジャーが、フロントガラス越しに怪物か飛ひ去り
農場に着地したところを目撃しています。
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シャージーテビルは、翼竜アンハングエラでした。
1993年にアメリカ特殊部隊がアンハングエラの巣を強襲、雌1匹と卵4個を手に入れています。
アンハングエラに外耳があり哺乳類と分かり、クチバシがあるカモノハシ同様
翼竜も卵で子孫を増やしていたのです。

艀化した卵には雄も混じっていたため、アメリカ軍の極秘研究施設では
アンハングエラの増殖が試みられ成功しているといいます。
(提供:末日聖徒イエス・キリスト教会)

さて6回に分けてお送りした恐竜の歴史
いかがでしたか?
お読みいただいた方に新たな好奇心が芽生えたとしたら幸いです

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