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1945年7月、メキシコシティより西北に約160kmの荒れ地のアカンバロの近くに
セロデル・トロ(牛の山)を配しています。

その牛の山の麓を馬で通っていた地元の名士であるドイツ人実業家
ワルデマール・ユルスルートが、地上に露出している不思議な土偶を発見しました。
アカンバロで発見された恐竜土偶のほとんどは、ワルデマール・ユルスルート博物館
保管・展示されています。

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それらの土偶は、ユルスルートが収集しました。

ドイツ人のユルスルートは1、897年に22歳の若さでメキシコへわたり
商才を発揮して財を築きましたがメキシコ革命で財産を没収されて
1922年にアカンバロに流れ着きました。

そののち、商才でこの地を代表する実業家として成功し「
アカンバロ商工会議所」の会長に就任し町の人々からの尊敬と信頼を得て
裕福な実業家であり人格者といわれています。


1943年、町はずれの牛の山のふもとを馬でとおりかかっったとき小用を足そうと
馬から降りたときに丘の斜面に土器の破片を発見し同じような土器が次々と現れました。

以前から考古学に興味を持っていた彼は、それがインカやマヤなどの文明の物ではないと分かり
自分の農場の管理をしているオディロン・ティナヘロにその辺り一帯の発掘を命じます。


その結果、わずか数日でティナヘロは手押し車いっぱいの土器を持ち帰りました。
しかも、その中には皿や鉢などの日用品のほかに、それらの中に未知の怪獣と思わせる
土偶が大量に発見され、恐竜の特徴を示す土偶や石彫りが大量に含まれていました。


ユルスルートはティナヘロに1個につき1ペソを支払うと約束して土器や
土偶の発掘を続けさせたところ、恐竜土偶はほかの人像、動物像
絶滅した古代の動物像、武器、楽器、工具などと合わせて
約37000個の謎の文明の土偶が掘り出されたのです。

発見された土偶は大半がさまざまな土質と色合いの粘土細工や焼き物ですが
ほかに花崗岩、ひすい、黒曜石などの石彫りもまざっています。

大きさもさまざまで5㎝くらいの物から1m以上まであります。 
    
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アンキロサウルスの特徴は、体をおおう装甲と先端に大きな骨塊のある尾です。
ユルスルートは、それらの土偶はこれまでに知られている中南米の
古代文明よりも古い文明の遺物であり、紀元15世紀にスペイン軍が攻めてきたことを
きっかけにアカンバロに移されて土中に隠されたと考え、1952年にそれを
メキシコ考古学会へ報告しています。

土偶発見者であるドイツの実業家アルデマール・ユルスルートは専門家による
本格的な発掘調査を熱望し、著名な考古学者であるチャールズ・ディ・ペソに現地調査を依頼し
チャールズ・ディ・ペソは恐竜土偶を偽物であると断定しました。

 
・恐竜の土偶など年代考証上ありえない。
・第1発見者であるティナヘロがまともな教育を受けていない。
・発掘跡が新しい土でおおわれていた。
 
これらはあまりに薄弱な根拠です。
発掘跡を新しい土でおおうのは、未発掘の土偶の保存のためにも当然です。
しかし、チャールズ・ディ・ペソは考古学者であるため誰も異議を唱えるないまま
アカンバロの恐竜土偶は現代人の偽造にされました。


1954年にメキシコ政府が4人の考古学者をアカンバロへ派遣し
学者たちがティナヘロとは別の場所で発掘作業を行ったところ同様の土器類を大量に発掘しました。

彼らはユルスルートに「あなたが収集したものは本物です」と告げて帰っていったといいます。
しかし、のちに発表された考古学会の声明はアカンバロの土偶に対して否定的でした。
恐竜の土偶はアカデミズムの進化論ではありえない物なので否定するのです。

しかし、アカンバロの土偶に対して肯定的な研究者も一部にはいます。
アメリカ、ニューハンプシャー州立大学チャールズ・ハプグッド教授は自ら
ユルスルートに面会して、その人物像をも含めて調査の対象とし
1955年から10以上の歳月をかけてユルスルートのコレクションと発掘現場を徹底的に調べました。


ハプグッド教授は、3万個以上の偽物を作ったのなら当然どこかにあるはずの窯跡や
作り損ないの破片などをアカンバロ近郊で探しましたが、そのような跡はありませんでした。

そして、土偶が発見された地域内に最初の土偶が発見される以前から建っている
警察署長公館の床下を掘ってみたところ、そこから大量の土偶と土器が発掘されたのです。

こうなると偽物説を成立させるには、警察署長までがグルになっていたと考えなければ
説明不可能です。

社会的に地位のあるユルスルートや警察署長がリスクを冒してまで利益がない詐欺を
行うとは考えにくいです。


恐竜土偶は偽造ではない状況証拠があります。
 
・偽造の主犯とされたティナヘロは、最終学歴が小学校4年であるため
 考古学、生物学の知識はほとんどない。

・土偶の芸術的パターンが、少数の人間の仕業ではないことを証明している。
・発掘調査が行われた7年間の農閑期にティナヘロ一家だけで
 37000個もの土偶を製造することは不可能である。

・ほとんどが焼き物土偶であるため、かまどを含めた焼き場が必要で
 煙や材木燃料調達を考慮すれば狭い村だけに隠しとおすことは不可能である。

・築造20年を越える警察署長の家の床下を掘ったところ、43体もの同じ土偶が発掘された。 
 
これらの根拠により恐竜土偶が偽造ではないと分かります。
 
恐竜土偶が本物であることは、すでに証明されています。
1969年、ハプグットの友人である航空設計技師のアーサー・ヤングが
ペンシルベニア大学研究所に熱ルミネッセンス法での測定を依頼し
紀元前2500年±250年という結果が出ました。

1972年に再度4個の恐竜土偶を測定した結果、同じ測定数値を検出しました。
ノアの時代の洪水前のアカンバロ人によって制作されたことが科学的に証明されたのです。
 
恐竜土偶に混じって出土した古代動物の歯をアメリカ自然史博物館に所属する
ジョージ・シンプソン教授に鑑定させた結果、古代馬の歯と判明しました。

 
牛の山やその近隣の丘では、今でも同様の土偶や土器が発見されています。
発見者である農民たちが、遺跡地として国に土地を没収されることを恐れて秘密にしています。
 
また、メキシコ、サン・ミゲル・デ・アジェンデの神殿遺跡からも同様の
土偶や土器が出土しています。

 
これらの状況証拠だけでも偽造説はありえません。
ウチュヤが本物のイカの石を真似て偽物を作っていたように、ティナヘロが偽物を作っていた可能性は否定できません。
しかし、40年以上も前に故人となったユルスルートやティナヘロが、自分たちのうそがばれることを恐れて、死後40年以上にもわたって出土し続けるる大量の土偶や土器を埋めておくなどありえません。
また、140mも遠方の地へ土偶を埋めるのも考えられません。
 
イカの石と同様に収集者が発掘者から買い取っていたため
アカンバロの恐竜土偶については多くの偽物があります。

カブレラ博士の所にも約2000個の恐竜土偶があります。
カブレラ博士はアカンバロも訪問していて当時
「ペルーのカブレラ博士のところに土偶を持っていけば買い取ってもらえる」
との話が広まっていて、クスコやリマの学生たちが作って売っていた可能性があります。

カブレラ博士の所にある恐竜土偶の年代を日本の研究機関に持ち込んで調べた結果は
すべて40~50年前に作られた偽物でした。


恐竜土偶が出土する場所の1つは、こんな場所にダムを造る必要があるのかと思うような場所ですが
今ではダムになってしまいました。
実はダム造ったのはアメリカです。
表向きはメキシコ政府の国家事業ですが、真相はアメリカ政府からの要望と裏の圧力による
真実の証拠隠滅でアメリカは重要な遺物を独り占めしたのです。


しかし、アカンバロ以外にも恐竜土偶が出る場所があります。
アカンバロでは化石化していない恐竜の骨が人骨と一緒に発見されるのは珍しくないのです。

2000年10月に、パレドネスとよばれる場所のガソリンスタンド建設現場で山の一部を削ったところ
人骨と一緒に化石化されていない巨大な骨が出土しました。

このようなことは以前にもあり、当時はメキシコシティから学者が来て
恐竜の骨として持ち帰りましたが、その骨はのちに牛か馬の骨ということにされてしまいました。

そこで今回は現地の人々が持っていかないようにと頼みましたが、政治的な圧力があって
すべて持ち去られてしまいました。

そして、それっきりその骨は姿を消してしまったそうです。
現地にやって来た学者たちはマンモスの骨としたようですが、その地方ではマンモスの骨は
よく発掘されるので、人々はそれがマンモスなどでないことは分かっています。

 
1982年、アフリカのニジェールでフランスとイタリアの合同専門調査隊が
コンゴ盆地の北に広がるサハラ砂漠の外れで化石になっていない全身恐竜の骨を発見しました。

その恐竜は「オウラノサウルス」と名づけられ東京大学での電子ビーム微量分析法や
放射性同位体法で測定した年代測定では1~7万年前という人類がいた時代と結果が出ました。

恐竜絶滅を6500万年前としているアカデミズムには、数万年前という年代測定結果は
受け入れがたい報告です。

さらに受け入れがたい事実は、その恐竜は化石になっていない状態だったのです。

アカデミズムではありえない代物はたとえ現物があっても、学者は直接見もしないで
インチキと決めつけ研究しません。

そうしないとアカデミズムから、つまはじきにされてしまう現実があるのです。 
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メキシコ、ペルーのナスカでも恐竜土偶が多数発見されています。

人間が恐竜を乗りこなしている姿や恐竜と戦っている土偶があります。
これらの土偶は放射性炭素年代測定法により
紀元前2500~3000年前のものということが分かっています。

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ノストラダムスの予言研究で有名な
五島勉は、インドに日本の飛鳥と同じ
「アスカ」の地名があると知り両者の関係を知るため単身インドへ行き
調査を重ねた結果、
ヒンドゥー教の僧侶から超古代文明の存在について聞かされます。

太古の時代、海面は今よりもずっと低く、現在の平野部はもっと広く
古代文明のルーツの超古代文明が全世界的な規模で存在していたといいます。

現在、世界中に残るアスカ(ASKA)を語幹とした地名
アンスク、アラスカ、アスカロン、ナスカは、超古代アスカ文明の名残と述べています。

日本の飛鳥も例外ではないというのです。
言語学を無視した幻想だと考える人もいるでしょうが、真実も含まれています。
 
「アスカ」はノアの時代の洪水前の名称でアダム語で偉大な土地を意味すると思われます。
竹内文書』では、口伝で大洪水の前の世界の都がアスカであるとしています。

秦氏飛鳥アスカを読んだことから、アスカ、ナスカは「空港」を意味したのかもしれません。
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この飛行機の滑走路のような物は山を削っているので、小石をどけて作っている
ナスカ型の地上絵とは根本的に違っています。

この画像の滑走路はフラットな面に造られていて、山の表面を削り取って造ったと考えられます。
山の表面を削り取ったのなら、ノアの時代の洪水以前か、そののちに
高度科学文明をにいたったアルザル人が造ったと考えられます。

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ナスカのトリケラトプスの地上絵

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トリケラトプス
の地上絵が他のナスカの地上絵と大きく異なる点
ナスカの地上絵は表層の黒色系の小石を幅1~2m、深さ10~20cm取り除くことで
線が描かれていますが、このトリケラトプスの地上絵は岩肌を削って描かれています。

これはパルパの地上絵と同じ方法であり、ナスカの地上絵の中では異質です。
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パルパのブラキオサウルスの地上絵

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ブラキオサウルス
の地上絵は300~350mほどの高さの山の岩肌に描かれ
目測では25mほどの全長です。

カブレラストーンの恐竜と同じような円形の模様が3つ描かれています。
化石からでは体表の模様は分からないので、現物を見ていたのです。

イカとナスカの真ん中ほどにあるパルパ地方は、ナスカの北西40kmに位置する
山岳地帯であり、ナスカのように見通しがよくなかったことから地上絵が目立ちにくく
これまでナスカほどの注目を集めていませんでした。

近年になって開始された調査では、ナスカの地上絵と比べて図柄のスタイルに統一性がないことから
紀元前600年から約1050年間にわたってこれらの地上絵が描かれたと推測されています。

(情報:http://blog.livedoor.jp/hideki4612)

次回は哺乳類に近かった恐竜の話について見ていきましょう
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