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1961年、
ペルーのオクカヘ砂漠で数十年に一度の洪水が発生しました。
この付近一帯はアンデス山脈の影響で、ほとんど一年中干上がったままで
イカ川の水も流れていない環境です。

もともと降水量の少ない気候ゆえ、いくつもの場所で山崩れや地滑りが発生しました。
そこに大豪雨が降りイカ川の周囲の砂や石を運び去り、深い地層部から奇妙な石が大小出てきました。
その石にはすべて絵柄が刻んであり、知られているどの古代アメリカ文明にもかからない物でした。 
 
闇の骨董市場では高値になるので、イカで発見された大量の石が世に出回りました。
この石はイカの石(カブレラストーン)とよばれ、その異様さからアカデミズムは黙殺しています。
イカの石には、恐竜やエビのような生物を彫ったものあります。
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466a044249bb4604翼竜に人間が乗っており、その翼竜も体毛でおおわれていました。
そして、鳥の形を真似た金属製の飛行機が空を飛び、それで恐竜を狩るシーンも描かれています。


画像の下の恐竜にナイフを当てている所は、運動神経を司る大きな神経の集まりの
「第2の脳」とよばれる場所です。

ここを刺激し操作して恐竜を乗りこなしていたのでしょう。
 
しかしアカデミズムは、恐竜の絶滅年代を仮説に基づく計算方法で6500万年前
進化論での人類誕生を年前としているため、理屈に合わないとして偽物と断定しました。


5年後の1966年、地元の名士ハヴィエル・カブレラ・ダルケアのもとに
友人の写真家フェリック・ローナーが誕生日プレゼントにと話題となっている
イカの石を持ってきました。

絵柄が絶滅したはずの魚竜に似ていると分かったカブレラ博士
知り合いのバジリオ・ウチュヤが線刻画石を大量に持っていると知って、それらを譲り受けました。


イカの石には、魚竜のみならず恐竜をはじめとする絶滅古生物多数描かれていました
カブレラはイカの石の研究の成果を著書にして発表したところ
一大センセーションを巻き起こしました。

やがてイカの石は、カブレラ博士の名からカブレラストーンともよばれるようになります。 
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さまざまな資料と照合し石に彫られたの絵と酷似した動物が見つかったとき、博士は困惑しました。

それは翼竜の復元図だっただったからです。
そののち、カブレラ博士は診療室を私設博物館に改造し、イカの石の
大々的な収集を始め11000個にたっしています。

その中には地元の職人のバシリオが、靴墨を塗って黒くした石をロバの糞の中で燃やし
古い石の外見を作りだし絵を彫った偽物もあります。


カブレラ博士自身、1972年にイカの石の存在が大々的に報じられて以降
多くの人がこぞって偽物を作り始めたと主張しています。

偽物を売って儲けようとした人がいるからです。

しかし、紀元15世紀のインカ帝国第9代パチャクティ皇帝の時代に
ペルー北部の太平洋岸のティムー地方で線刻石が大量に発見された事実が記録に残されています。

さらにプレ・インカ文明(1500年年‐2000年前)の墓からも
イカの石に類似した線刻石が発掘されています。

これらは、ノアの時代の洪水前の超古代人の作ったイカの石の一部が
プレ・インカ時代まで大切に保存されていたのです。

ドイツ人考古学者マックス・ウーレは、ペルー考古学の父とよばれ1800年代末から
1900年代初頭にかけてペルーで先スペイン期の遺跡の調査を行いました。


マックス・ウーレがプレ・インカ時代の墓から発掘したイカの石と同じ線刻石には
カブレラ博物館に陳列されているものと同様、現在は絶滅した動物の絵が描かれていました。

1966年12月11日、リマの日刊紙『ディアリオ・エル・コメルシオ』に
「オクカヘ砂漠の謎の石」と題する記事が掲載されました。

記事を書いたのはペルー工科大学学長だったサンチアゴ・アウグスト・カルボと
ペルー国立考古学研究所のアレハンドロ・ペシアで、彼らはプレインカ時代の墓から
副葬品として納められたカブレラストーンと同種の石を発見しています。


また考古学者アルトゥーロ・カルボがオクカヘ砂漠南部の
歴史的遺物保護地域(マックス・トゥーレの丘)でさらに100個ほどの同種の石を発見しました。

石には未知の種類の鳥植物星の絵が刻まれていました。
とくに星の絵はプレインカの絵画には見られない独特のモチーフでした。
謎の石は考古学者ペシア・アセレタによって「先コロンブス文明の魔法の石」と名づけられ
イカ考古学博物館目録に正式に登録されています。


彼らは石の分析をペルー工科大学工業研究所にイカの石の鑑定を依頼しています。
同研究所に在籍するフェルナンド・デ・ラス・カサス博士とセサル・ソティーヨ博士が
責任者となって作成された鑑定書によれば、絵が刻まれたのは12000年以上前
という鑑定結果が出ましたが誤りです

この年代はアカデミズムの仮定した計算法ですが
約4300年前のノアの時代の洪水前のものです。


近年、国立ペルー文化研究所に所属する考古学者カルロス・カノ博士も鑑定しています。
遺物鑑定の専門家のカノ博士はペトログリフの分析では世界のトップレベルで
線刻画の風化具合や線刻画に含まれる不純物から年代を算出することができる数少ない学者です。

カノ博士の分析では線刻画の風化具合や線刻画に含まれる不純物から年代を算出したところ
カブレラ博物館の所蔵するイカの石の30~40%は最近になって作られたものですが
中には非常に古い遺物が含まれており、もっとも古い遺物は少なくとも
2500年以上前の物だという結果が出ました。


イカの石には恐竜が緻密に描かれています。
巨人族ネフィリムが恐竜にまたがって乗り物として利用している絵や
植物を与えて餌付けをしている様子が描かれたものもあります。

e94d429abcd26217イカの石の中には武器を片手に望遠鏡で恐竜を監視している人間の姿や
斧や刀で恐竜を斬りつけている姿、そのような狩人を乗せている恐竜の姿や
翼竜に乗って空遊飛ぶ人物の姿まで描かれています。

また、恐竜に口輸や首輪、鞍、手綱などが付けられた様子が描かれているものもあります。
これらから、当時の人類は恐竜を使役化、家畜化し、一部の恐竜については
狩りの対象にしていたと分かります。


狩人の男たちの着衣は短いズボンであり、ここからも当時の気温が今よりも暑かったと思われます。
男性のほとんどはふんどし姿か布を腰に巻いただけの上半身は裸に近い姿で
薄い生地の着衣もあったようです。

膝にはパッド状の保身具を装着して、靴のようなものを履き、頭には兜のような物を着けています。
手には斧を持っています。
別の男はそのような装備がなく無防備で、武器も小刀と簡単な物です。
狩人の間にも何らかの身分の上下があったと推測されます。
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背中に突起のあるアパトサウルスに突起があることは最近になって分かったことです。

現代と同様に一部の人々はついには大戦争をし互いに憎み侵略し合いました。
このように文明が悪を極めると、その社会に生まれてくる子供にとって
まともに生活できない世界になり神は極悪の社会を大洪水によって滅ぼしました。
これがノアの大洪水です
カブレラ博士の娘によると、博士は1つの石につき日本円にして70~80円で
農民から買い取っていたようです。

バジリオ・ウチュヤは最初は本物だけをカブレラ博士にわたしていたようですが
だんだん石がなくなった時期に密告によって警察に捕まってしまいます。

そこで彼がカブレラ博士に相談したところ、博士は
「この石は誰が作ったんだと聞かれたら、すべて私が作ったということにしなさい」
と言ったそうです。

博士は発掘を続けさせるには、それが一番だと考えたようです。

そこで、ウチュヤは公の場で「この石はすべて私がつくりました」と発言するようになったのです。
そののち、彼は1つ本物を発掘すると、それを基にして20~30個の偽物を作り
金儲けのためカブレラ博士をだましていました。


実際に見てみれば本物に比べて偽物はずっと稚拙な作りをしているのが分かります。
バジリオ・ウチュヤらが作っていた偽物には河原などで採れる安山岩が使用されていましたが
これらの石は硬いので線刻するには金属製のナイフなどを用いる必要があります。

その場合、精緻な絵柄は彫れず刻んだ溝のどこかには必ず微細な金属片が残ることになります。
ところが、アメリカの研究者が溝を調べたところ本物のイカの石の溝には
金属片は一切残されていませんでした。 

偽物は稚拙な絵で線刻も乱れて一定の幅や深さを保っていなく、偽作は基本的に
剃刀などの金属によって削られているために、線刻画に微小な金属粉が残留します。

また、本物は石の質がもろく衝撃を与えるとすぐ割れてしまいます。

イカの石には偽物が多く含まれているのも事実で、数の比では7~8割は偽物でしょう。
本物のイカの石は、表面がエンボス状に波打っているような
石に驚くような精緻な線で彫られています。

巨大で複雑な曲面を持つ石にも、構図を崩すことなく見事に線刻されています。
また、彫りそこなって刃が飛んだような跡もなく、大きなものでは
幅も深さも一定の線刻画の溝が数十mにたっする長さで彫られているのです。


しかも、一部の石は絵柄が浮き彫り式になっています。
絵の部分が浮き出るようになっていて、それ以外の部分がきれいに削り取られているのです。
本物は線の幅はまったく変わらず深さまでもが一定しているのですが
当時、石の組成を変えて軟らかくする技術があったと思えます。

硬い安山岩のデコボコの表面をもつ石にそのような整った線を刻むことは不可能ですが
粘土の塊のように軟らかな表面になっていればそれは難しくないのです。

力を込める必要がないので彫り損なうことも少ないし曲線だって自在に描けるでしょう。

イカの石の硬度が低いことは、カブレラ博士も知っていました。
カブレラ博士の依頼でカブレラストーンを調査したペルー工科大学鉱業研究所の
フェルナンド・デ・ラス・カサス博士とセサル・ソティーヨ博士は
「石の表面部が粘土質の長石に変化しており、その硬度を著しく弱めている。
表面の硬度は
モース硬度で約3度、内部は4,5度であった」と述べています。

つまり中身は硬度4,5度の安山岩であるにもかかわらず
その表面の硬度はそれより軟らかい3度
なのです。

3度は大理石と伺じ硬さです。
大理石の彫刻作品やインテリアを見ればわかるように彫刻刀などで細かな線刻を行うのも容易です。
超古代人たちが石を軟らかくする技術を用いていた間接的な証拠として
インカ時代の都の
クスコの郊外にあるサクサイワマン遺跡の石組みがあります。
巨石がジグソーパズルのように組まれた接合部分は寸分たがわずぴったりと合わさっていて
そこにはカミソリの刃が入る隙間もありません。

しかも5mを超す高さの巨石を11面体に切断しています。

石を軟らかくする技術が使われていたと仮定すると、このような精緻な加工が
ずっと容易になるでしょう。 
接触面が寸分たがわず一致するような石組みはペルーだけではなく
エジプトやメキシコなどの古代遺跡にもあります。

どうやら石を軟らかくする技術は、超古代文明における普遍的な技術であったようです。
その技術自体が発見された可能性もあります。
1992年、エクアドルのカルロス・ヴァカ神父はロバという田舎町にある洞窟で
推定身長7,6mの
巨人の骨を発見しました。
彼がそのぞばで発見した「油のような黄色の液体」を調べたところ
それには石を軟らかくする作用があることが分かったのです。

当然のことながらイカの石は激しい批判にさらされます。
人類と恐竜が共存する場面を描く遺物などアカデミズムの常識からすればありえない代物です。
偽物の疑いは当初からあり、かつ実際に偽物も数多く存在したため
イカの石は偽物と思われてしまいました。

中でもバジリオ・ウチュヤが贋作を認めたことが決定的でした。
実際は警察当局からかけられた盗掘の疑いを逃れるための方便だったのですが
信用を取り戻せませんでした。

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比較的温厚な恐竜はインド象のように工事や建築のときに使われたでしょう。

また家畜のようにして飼われていたりペットとして家の中や外で飼われていたものもいたでしょう。
そして、恐竜を食べていたでしょう。                  
(http://blog.livedoor.jp/hideki4612)

次回は1945年7月にドイツ人実業家ワルデマール・ユルスルートが発見した不思議な土偶の話です。4216d55e









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