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使徒​のヨハネ​に​与えられた​啓示の「ヨハネの黙示録」で、ヨハネはこのように述べています。
またわたしが見ていると、が開かれ、見よ、そこに白い馬がいた。
それに乗っているかたは「忠実で真実な者」と呼ばれによって裁き戦うかたである。 
その目は燃える炎であり、その頭には多くの冠があった。
また、彼以外にはだれも知らない名がその身にしるされていた。 
彼は血染めの衣をまとい、その名は「神の言」と呼ばれた。 
そして、天の軍勢が、純白で、汚れのない麻布の衣を着て、白い馬に乗り彼に従った。 
その口からは、諸国民を打つために、鋭いつるぎが出ていた。2























彼は、鉄のつえをもって諸国民を治め、全能者なる神の激しい怒りの酒ぶねを踏む。 
その着物にも、そのももにも、「王の王、主の主」という名がしるされていた。
黙示19:11-16
イエス・キリストが多くの名でよばれていることが
その頭には多くの冠があり彼以外にはだれも知らない名がその身にしるされていた。
の記述で暗示されています。 

イエス・キリストが地球にマリヤから産まれる前の霊体だったときは
ヤハウェ (英語エホバとよばれ、ヤハウェは古代エジプトの神ラーであり
イスラム教の神アッラーフでありヒンドゥー教の神ブラフマー、神道の豊受大神であり
天照大神す。
古代エジプトのホルス、バラモン教のミトラ、ヒンドゥー教のクリシュナ
仏教の観音菩薩、地蔵菩薩、弥勒菩薩であり、アイヌのキクルミ・カムイであり
古代アメリカのケツァルコアトル、ククルカンでもあります。
国が違えば同じイエス・キリストでも英語ではジーザス・クライストと発音します。
イエス・キリスト

















このようにさまざまな国や民族の神が、イエス・キリストであり
多くの名でよばれている
のです。


中国では、約4000年前から膨大な量の年代記が作られ、古代からの歴史が
書き残されてきましたが日本では、約1800年前の邪馬台国の時代の歴史も
記録は日本にはありません。
かつて、日本には多くの歴史書や大切な書物を集めた朝廷図書館がありましたが
紀元645年、その朝廷図書館に仏教徒が火を放ち、すべて焼いてしまったのです。
日本で現存する最古の歴史書といわれている『古事記』でさえ、その朝廷図書館の
消失後から67年も経過した紀元712年にようやく書かれた物です。
その『古事記』は、多くの神話で書かれており、一般には何が史実なのか分かりません。
当時の支配者に都合の良いように、過去の歴史が書きかえられており
改竄されている側面があります。
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昔は歴史などの重要なことは代々の首長の間で口伝で残され、誦習は

覚えやすいように節をつけて歌のようになっていました。
太安万呂(おおのやすまろ)が書いたとされる『古事記』の序文には
こう書いています。
「稗田阿礼が暗唱する伝承されていた伝説を細かく拾い集めて編集しましたが
昔の言葉は素朴で、それを文章にするのに苦労しました。
そのまま書いても何のことか分からないでしょうし、そうかといって詳しく
説明していては、長く読みづらいでしょう。
だから便宜上、重箱読みも使うし「音」だけを万葉仮名で書くことにしたのです。
太安万呂は稗田阿礼が暗記していた話を同時通訳して、それをもとに『古事記』を編集し
稗田阿礼の言葉が何を意味するか、分からないまま「音」に当て字したものもあったのです。
『古事記』は神の名前を当て字で記し、『日本書紀』は『古事記』からの神の名前をできるだけ
意味が通じるように漢字を当てました。


多くの人々は、古代史を研究しても神話を解明できずに本質を見いだせません。
神代の物語は、当然史実のみの記録ではなく、象徴、誇張、置き換えがあるフィクションなのです。
神々の名前や物語をあれこれ考察し、歴史を復元しようと多くの人が解説した結果
十人十説になりました。

記紀
(
古事と日本書)を読み解くには、福音知識が必要なのです。
神道の根幹は、『古事記』と『日本書紀』に記された日本神話です。
これらのとくに神話の時代の部分が要で、神道の思想は神々の物語に反映されています。
しかし、『古事記』と『日本書紀』では内容が食い違っていて
登場する神々の名前も違う場合があります。
それは、神話は史実を反映してはいても基本的に史実ではなくフィクションだからです。
記紀には、邪馬台国に関する記述もはありませんが、ヤマト王権を築いた
「秦氏」がヤマト王権に反対し、神道を理解しないで改宗しない人々の反乱を予防するために
故意に邪馬台国の歴史を記さなかったのでしょう。

記紀が国史として編纂されたということは、その基礎に当時の政治の正統性を強調し
都合の悪い事は隠したということです。
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徐福たちの末裔の大祭司や祭司のレビ族たちが中心に存在するユダヤ教である原始神道があり
邪馬台国を首都とし中心とする西日本全域に点在する先住民であるニーファイ人の複数のクニを
統治する邪馬台連合国家が建国されていました。

ヤマト王権以前の権力者だったのは、徐福集団の末裔である海部氏と物部氏でした。
のちの古事記編纂時にはヤマト王権の主勢力は、紀元3世紀末に渡来した
原始キリスト教徒の
秦氏になりました。

そして、当然ユダヤ教からキリスト教に改宗した物部氏は多数いて、秦氏になった物部氏は多いです。
しかし、従順なユダヤ教徒ばかりではありません。
政治の世界は権力闘争があります。
ユダヤ教を誤解してか理解していても不従順だったのか、いずれにしても秦氏の中にいた
当時の
預言者に従わず反抗し改宗しなかった物部氏がいました。
この反抗した物部氏は、古代の物部氏の権力を根拠に物部氏がもっと権力(利権)を得るべき
と考える反体制でした。

このような反体制の物部氏を抑える目的で、日本の歴史から物部氏の邪馬台国を
記述しなかったと思われます。


なぜ『古事記』と『日本書紀』が二書一対で国史となっているのでしょうか。
両書の内容がまったく同じなら一書だけで良く、互いを補強・補佐するために
二書を国史とするなら理解できますが、記紀の場合はそうではありません。

記紀は、互いに矛盾を際立たせる関係なのです。
常識的に考えれば、二書で内容が異なる場合、どちらかに統一するなどの調整を図るはずですが
記紀はそうされていないのです。

記紀は最初から二書一対で計画されており、綿密な計算のもと、故意に相矛盾する記述を
紛れ込ませました。

 
そして、こうした矛盾の中に日本建国の謎ともいえる古代史の重大な秘密が隠されたのです。
つまり、編纂者である太安万侶か藤原不比等か、あるいはそれ以外の第三者かは分かりませんが
何者かが記紀の中に秘密を隠し、その上に矛盾という仕掛けを置き、世界から
契約の箱を隠すために神話を仕掛けたのです。

永久に秘密を隠し続けるつもりなら、仕掛けは必要く秘密など最初から書かず
証拠を隠滅してしまえば事足ります。

わざわざそこに仕掛けを置くのは、のちに解明され世に公表されるためです。
たとえば、地中に宝を隠す場合、まず宝を地中に置いたのち、土をかけて目立たなくし
その上に掘り出すための目印を置きます。

目印を置かなければ、宝は永久に地中に眠り、逆に下手な隠し方をしたら、宝はすぐ誰かに
掘り出されてしまいます。

だから目印はあまり目立ちすぎても、目立たなくてもいけないのです。
記紀の場合、その目印の1つとして矛盾という手段を用いたのです。
そのために二書がどうしても必要だったのです。

学者を含む多くの研究者たちは、記紀の矛盾する箇所を当時の記録の不完全さと解釈したり
有力豪族の顔を立てながら書かれた妥協の産物だから矛盾があっても当然とし
両書の一本化は不可能だったとしています。


このように解釈されているのは、編纂者の思惑は現代においても効を奏していることになります。
神話と史実を混ぜている状態では史実は分からないので、神話と史実を完全に分けて
考えなければなりません。


神道の神々を理解するためには、神は名前は違っても本質は同じ神であるケースが多々あり
別名を読み解くことによって本来の神道が浮き彫りになります。


1人の神が兄弟になったり親になったり、いくつもの分身を作ります。
原住民だったニーファイ人の琉球民族やクマソの人々の信仰をはぐくみ改宗を助ける目的で
原住民の言葉での神の呼び名を残したりもしました。

また、死んだ預言者の先祖が「神」といわれることがあります。

物部氏の歴史が記されている一書の『
先代旧事本紀大成経』は偽書とされていますが
多くの真理を含んでいて正しい内容も多いです。

『先代旧事本紀大成経』の中で聖徳太子は、次のように述べています。
「神代の昔でさえも、神と同じに人の魂をまつることはなかった。
今の人の代もこれにしたがえ。……先人を崇めるときは神としてまつってはいけない。
墓を造っても良いが、人を神としてまつってはいけない」 (第70巻 神職憲法 第14條)

すなわち、人間を真の神と同様に扱ってはいけないと述べています。
聖徳太子の当時においても、先祖を「神」と崇める風習が人々にありました。
本来は神話で神とされる人物の信仰する神をまつっていたのですが、本来の方法ではなく
人を神としてしまうのを禁じているのです。

神話上で人物の名前に「命」を付けるのは、「永遠の命」をえらるであろう
義人の名前に付けたと思われます。

 
古代の豪族は、別名を知ったうえで氏神として神社にまつります。
自分たちの祖先としてまつり、自らの出自を神話の中に結びつけますが、本来は多くの神が
存在したのではありません。

したがって、古代の神を復元する場合、こうした別名を一つ一つ統合していけば良いのです。

徐福
集団の末窩たちは、自らが奉じるユダヤ教をもとにして日本独自の神道という信仰を
生み出しました。 08b6ff12












神道は、
神会ヤハウェ(エホバ)を崇拝するユダヤ教でした。
もともとヤハウェという名は「私はある」という意味で、呼称名ではないのです。
ヤハウェには「私は、〇〇である」の〇〇の名前の部分がないのです。
※シナイ半島のクンティレット・アジュルド遺跡(英語版)で発掘されたピトスの破片に描かれたヤハウェとアーシラト
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ヤハウェという名の意味は「独立的に存在する者」または「永遠」という意味です。

古代ユダヤの慣習では、この「ヤハウェ」あるいは「私はある(独立的に存在する者)」
という称号は、神の怒りを招くという恐れから容易に口にされませんでした。


アブラハムやモーセの時代は、ヤハウェに名をつけることができないので
ヤハウェ(私はある)とし、神の名をみだりによんではいけないという「十戒」を
頑なに守るために、ヤハウェを意味する神聖四文字「YHWH」をあえて「
」を意味する
アドナイ
」と発音を言い換えて、主(アドナイ)とよんでいました。

このため、ヤハウェ=イエス・キリストは便宜上、さまざまな名でよばれることとなります。

ヤハウェやヤハウェのときの出来事を表スサノオ、イエス・キリストとして天照大神
国を支配する神として大国主、食べ物をもたらす神としての豊受大神などの呼び名が生まれます。
やがてそれらが独立した神々として信仰されるようになると、いくつもの神話が生み出されていき
ついにはその真意が理解されないで多神教的な神道へと変貌していくのです。
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(提供:佐藤 昭信・末日聖徒イエス・キリスト教会 編纂:武井 泄月袴)
八百万の神については改めてお伝えします。
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イザナギ命とスサノオ命は同一神。
大国主神とスサノオ命は同一神。
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未曾有の大カタストロフィー・ノアの大洪水を起こした絶対神ヤハウェ。
天照大神の天の岩戸隠れを仕組んだ八百万の神々。
天照大神の正体はイエス・キリスト。
スサノオ命の正体は絶対神ヤハウェ。
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