63明智光秀 徳川家康 武田信玄1





来年麒麟がくるという明智光秀が主人公のドラマが早くもネットで噂になっています
本日はそんな明智光秀なお話の序章から参りたいと思います

武田スゲー! (ノ`Д´)ノ
と思ったのもつかの間
辿り着いたのは明智光秀その人でした

徳川幕府は本当は『武田幕府』だった
実は徳川家は作られた一族 (雑種) である
一時は藤原姓を名乗りのちに源氏姓に戻したりもしている
松平から徳川に改名したのも平安時代末から鎌倉時代初め頃の上野国の豪族の
清和源氏世良田氏流 : 新田氏の一族だった得川氏の苗字からきている
※得川氏は新田郡得川郷 (現在の群馬県太田市徳川町)を本貫とした一族

3代目の家光からは平家の血筋が将軍になったり源氏が将軍になったりと
その後おびただしく天下取りのための子殺しや将軍の暗殺が相互に繰り返され
徳川家の血統は常に不安定なものとなった

本多葵を家紋としていた家臣の本多家に三つ葉葵や徳川の家名を名乗ることを許可するも
辞退されたという記録がある 
※松平家・徳川家より本多(田)家が格上 ※格上⇒藤原氏・本田家に近い
 

このようなことから鎌倉時代から戦国時代にかけては
源氏のサラブレッドである足利家や新田家からは距離を置かれている浮いた存在だった
それが源氏の嫡流から雑種とみなされていた徳川家の隠したい実状である

徳川将軍の周囲は武田家が多い
要は常に入れ替わる将軍はお飾りで大老や老中などには生粋のエリート源氏武士が選出された
柳沢吉保・新井白石・間部詮房甲府徳川家家臣 ※柳沢吉保は甲斐武川衆の出身
※武川衆とは甲斐源氏の武田氏支流である甲斐一条氏に連なる一族
 現北杜市域・旧北巨摩郡域の釜無川以西・御勅使川以北地域にあたる
保科正之⇒2代秀忠の4男(武田信玄の次女見性院が養育)
6代家宣⇒甲府徳川家

家康の妻は20人中5人が武田家所縁の女性だったりする
尾張・紀州・水戸の徳川御三家は有名だが
甲府徳川家はワケあって裏の役割があり表にはあまり出ない存在だ
甲府(甲斐)には源氏(武田・徳川・豊臣)知られてはならない秘密が隠されているからだ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

徳川家康武田信玄妹『禰々』が生んだ寅王丸
徳川幕府を開いた家康は
本来は源義光(新羅三郎義光)を始祖とする源氏のスーパーエリート武田家の血筋
なのだ
なので武田家康が本名と言える
そして徳川幕府ではなく
武田幕府
が正しい

武田禰々 = 於大の方
家康は於大(おだい)と松平広忠との息子 ( 竹千代 / 元信 / 元康 / 家康 ) とされているが
松平広忠と武田禰々(ねね / 於禰・おね)との間にできた双子の子供のひとり
武田禰々は武田信虎の娘であり武田信玄の妹で於大の方でもある
※詳細は下記をご覧ください



豊臣秀吉武田織田信長に送り込んだ
安土桃山時代を築いた一人:豊臣秀吉は1590年に天下統一したものの
正当な源氏ではないので幕府は開けなかった
※源氏が幕府を開くとした縛りがあったからだ⇒藤原氏系の朝鮮勢力に限定されていた

秀吉の出自は農民の出とされているが朝鮮避難民サンカ乱破の出
※乱破は飛鳥時代から江戸時代に大名や領主に仕えたり独立して
 諜報活動・破壊活動・浸透戦術・謀術・暗殺などを仕事としていた集団

浅野長勝(源氏)の養女で杉原定利の娘・禰々と結婚するが杉原家は木下も名乗っており
秀吉の木下はここからとっている
改名⇒木下藤吉郎⇒木下元吉⇒⇒木下秀吉⇒羽柴秀吉⇒藤原秀吉⇒豊秀吉
木下はを基とする朝鮮人の苗字・藤原姓⇒朝鮮人・吉郎のも朝鮮人の名
 の臣は鎌足(藤原鎌足)からとっている


しかし器用で狡猾な秀吉の性格を見抜き平氏の筆頭:信長の下に
いち早く工作員として送り込んだ者がいる
武田信玄の父親 : 武田信虎である

武田信虎という怪物
武田家というと信玄が注目されるが信虎こそが陰の大蛇だ
自分が黒幕として院生を敷くため信玄に注目が集まるようなシナリオを描いた
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桶狭間の戦いで秀吉(藤吉郎)に情報を送り今川家を滅ぼし領地や資産を奪取した後
在京し足利義昭・浅井・朝倉・三好三人衆・松永久秀に
織田を攻めさせた⇒姉川の戦い
石山本願寺や比叡山延暦寺などの仏教勢力を操っていたのも信虎僧兵
信玄の正室:三条の方の妹を石山本願寺の顕如に嫁がせ姻戚関係を結ばせた
また寺院の僧兵強化を促進し
信長包囲網を敷いたのも信虎だった
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これらは源氏:足利幕府が傾きかけ日本人による政治を目指していた平家一門のエース織田信長
の目的を阻止し撲滅するための用意周到な計画だった

豊臣秀吉妻 : 禰々 ( 寧々・ねね / 於禰・おね ) も武田禰々 ( 於大の方 )
武田禰々 = 於大の方 = 豊臣禰々
秀吉の妻 : 禰々の肖像画からご覧ください
Kodai-in_Nene_enlarged (1)ねね1
豊臣秀吉の妻 : 禰々(祢々)は杉原定利・朝日殿の次女として生まれ
妹と記されている「お祢々」と共に浅野家の養女となった
らしいが杉原定利・朝日殿・お祢々ともに生年不詳
しかしお祢々の肖像画は残っていた
そもそも歴史的に見て大きな役割もしていない妹
なのに姉の禰々より立派なのである
ナンデ?
ともかく肖像画を見てみよう
浅野お祢々やや


























羽織に甲斐の意味するあや模様を確認
それと羽織の紐に武田菱も確認
模様のように描かれてはいるものの武田菱に相違ない
お祢々は武田と無関係のバスでは?k-23613浅野お祢々やや
ice_screenshot_20190810-163950




本来は浅野家に嫁いだのだから浅野家の家紋浅野違い鷹の羽の家紋でないとおかしい
浅野違い鷹の羽








次に肖像画の文章に注目してみた
浅野お祢々やや 言葉





















這箇影子面月  これは影の顔
相似高声喚苛  苛まれるほど声高に召し出された
是則是不    本人の意思かと言えばそうではない

聻咄      亡者の驚きの昔話

黒底      下
墨       
インク

号       数
白底      白い背景
紙       紙

聻 鬼が死んだ後になるもので人が死んだ後になる幽霊や亡者のことを指す
咄 驚きあやしむ語 さてさて 落とし話 驚き 昔話

EarthChecKingの学力だと完璧には意味がわからないが
肖像画は文面からもあや模様・武田菱があることからも描かれているのは
武田禰々お祢々ダミーだったようだ
それにしてもどうしてこんなモノを残しておいたのだろう・・・怪
ってゆーかそれよりも子供に異字体でおんなじ名前つけるか?

お祢々の』は『』と同一の漢字
ice_screenshot_20190810-220746




禰の意味
父の御霊屋 父親の霊廟・戦争に持っていく位牌 河内王朝の大王の名

父親(信虎)のことを指しているのか?


於大の方の肖像画の桐紋とアヤメの花
於大の方の肖像画には本来あるべき徳川と松平の家紋 : 三つ葉葵があるべきだが
豊臣秀吉が使用していた五三桐(太閤桐)が描かれている
三つ葉葵20於大の方445















またアオイはアオイでも葵紋のウマノスズクサ科のフタバアオイではなく
アオイ科の花(ムクゲ・ハチス/アオイ)が隠れ紋のような扱いで描かれている
⇒これは豊臣家と徳川家(武田家)の隠れた関係を示している ※『ねね』つながり
3199d5b9
久松氏と再婚しているハズなので晩年使用していたハズであろう家紋は
星梅鉢でなければ辻褄があわない
ちなみに於大の方の養家:水野家の家紋は水野沢瀉(みずのおもだか)
久松水野 家紋psd






















若いころの肖像画にはアヤメが描かれている35於大の方3
山梨にはあやめが丘という地域が今でもありアヤメの群生地が数か所ある
※南アルプス市のシンボルともなっている

一人三役を強いられた人生
武田禰々 (禰々御料人) 武田家⇒諏訪家⇒松平家木下(羽柴/豊臣)家
於大の方 (伝通院) 松平家
豊臣禰々 (浅野祢々 / 豊臣吉子 / 高台院) 豊臣家
 
相似高声喚苛  苛まれるほど声高に召し出された
是則是不    本人の意思かと言えばそうではない
聻咄      亡者の驚きの昔話

お祢々の肖像画の文面が労しく思える

妹:お祢々の葬儀の際には家康の9男:徳川義直(甲府・尾張藩主)より銀100枚が下賜されたとあるが
銀は当時は貫(かん)・匁(もんめ)・分(ふん)という重さの単位が使われていた
銀1貫は現代で約125万円
100貫で1.25億円
100匁で125,000円
銀貨の種類が特定できないので想像の域をでないが義直は甲府藩主・尾張藩主であったので
それなりの金額だろうと推測する
まーそれよりも
敵方である豊臣家の親戚の名もない女性に香典・・・出すか????
・・・デス

また2人とも従一位にに叙されている 
従一位とは将軍レベルに与えられる官位で家光の生母:春日局でさえも従二位
・禰々(於大の方)1588年の従一位に豊臣吉子の名で叙される
・於大としても1850年に従一位にに叙される


甲府という地域
は王室等の財宝や文書を収める場所
転じて役所を意味する 
※京都府・大阪府・大宰府・駿府・国府・別府など東京都も昔は東京府だった

辺境の地にとつけた理由 ※は亀・出雲・玄武の神がかりな意味がある
江戸時代の頃から甲府(甲斐)は事が起きた時の第二のサブ首都だった
黒船来航の折には甲府に皇室や将軍家を匿うよう幕府が甲府の土地を直轄地として召し上げている
甲府は日本屈指の要害の土地だからこそかあまり知られることはない
3,000m級の山々に囲まれた難攻不落の地形となっており3方向からしか攻められない
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※武田といえば城がないことでも有名だが信虎は要害山に要害山城を築いていたice_screenshot_20190811-103321z14-12-kofu-yougaijou-map





































天然の隠れ家として又第二の都市として甲府は影の役割を担っていた
だから表舞台に出したくなかったのである

現在も山梨は甲府盆地を中心とする国中(くになか)と東部の相模川と多摩川の上流域
および富士山北麓からなる郡内(ぐんない)に大別され
同じ県民でも両社は昔からなにかと折り合いが良くないと言われてきています
国中は善光寺からの藤原氏(朝鮮)・郡内は中国から渡来し富士王朝を築いた秦氏(中国)
と二分されていたからだと思います
その半面地域住民の結束力が強くよそ者をあまり信頼しない特徴があります

歴史を紐解くと特異な歴史からくる微妙な県民性にも納得してしまうところです





※原爆も山梨が標的だったとする都市伝説があるくらいです  


甲府徳川家はワケあって裏の役割があり表にはあまり出ない存在です
甲府(甲斐)には
源氏 ( 武田・徳川・豊臣 ) 知られてはならない秘密
が隠されている



 




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▣ 鮮害・除中・除米・日本乗っ取り集団
カテゴリ: 日本史上の歴史人物

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