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アメリカが撃墜した日本航空123便 1/2 の続きです
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事故調査報告書は正しかったのか?


事故は本当は自衛隊の訓練で使用していた何かの飛行物体が何らかの理由で
そのとき近くを飛んでいたJAL123便にぶつかりました。

これは自衛隊には「偶然」と思えました。
墜落現場の都合の悪い残骸は回収されたのでしょう。

JAL123便の航空機事故の主原因となっている「圧力隔壁の修理ミス」。
アメリカのボーイング社は「修理は完璧に行われた」とかたくなに否定していました。
JAL123便と衝突した物体はボーイング社製であったからこそ、修理ミスではないのに
修理ミスを認めたのかもしれません。


当時の日本は世界最先端の軍事技術をアメリカの監視のもとで国産巡航ミサイルの開発を
推進していました。

アメリカはこの日本の技術を自国の巡航ミサイルの中心部分に組み込み
「トマホークミサイル」を完成させました。

JAL123便の垂直尾翼が吹き飛んだ相模湾海上での追尾型ミサイルの発射訓練は当時
シーレーン防衛を日本に勧めていたアメリカとの合同軍事訓練だともいわれています。
アメリカは日本の新型ミサイルの共同開発者なので、ミサイル標的のロックオン解除や
再設定は容易なはずです。


もしアメリカ側が前もってJAL123便の航空ルートと飛行時間帯を調べ
上空を飛行することを計算したうえで、日本側に追尾型ミサイルの標的を123便への再設定を
していたのかもしれません。

そして、隠蔽するように脅し日本側がそのとおりの行動をしたのかもしれません。
当時のJALは半官半民で政府の出資率は34%、政府の圧力をかけやすかったはずです。

それともアメリカはプラズマ兵器で、JAL123便の垂直尾翼を攻撃したのかもしれません。

アメリカは日本の弱みを作り出し、そしてその弱みを握り、アメリカの言うことを
きかせるようにしたのです。

日本はアメリカの仕掛けた罠にはまったのです。

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のちの日本のバブル崩壊後の不景気を引き起こす原因となり、当時でも日本側に
不利益しかもたらさないアメリカ有利の「プラザ合意」を、航空機事件直後の
同年1985年9月22日に日本側は受諾しています。

この時期、マスコミはジャンボ機墜落事件の事故としての報道一色でした。

この時期に強制的なドルの大幅切り下げ(1ドル250円が1年後150円に切り下げ)が行われました。


当時から現在にいたるまで日本航空と日本政府が、ボーイング社製品を購入し
続けるよう年次計画的にアメリカに強制されているのでボーイング社にもメリットがあります。



救助は遅れたのか遅らせたのか?
 
事故後14時間もたってから自衛隊の救助活動が行われた対応の遅さについて
当初は「情報がさくそうし正確な現場の位置が分からなかったため」と発表されていましたが
のちにこの発表に疑問を感じずにはいられない証言が次々と出てきます。

 
事故の直後、もっとも早くアメリカ軍が墜落位置にヘリを飛ばしていることをを
生き残っていたキャビンアテンダントが目撃しています。

その発言は救出されたのちに報道されましたが、そののち重病室に2人の男が
政府の許可を得て入室してから彼女の発言内容は変わってしまいます。


墜落から9分後にはすでに長野県川上村の中嶋初女から墜落現場の詳細な位置を示す通報が
警察に入っていました。

 
墜落から58分後には自衛隊のヘリが現地上空へ直行し、到着後に燃える現場の写真撮影もすませ
しばらくの間ホバリングしています。

現場近くを飛んでいた米軍の輸送機がたまたまJALの緊急信号をキャッチして
通常英語で行われる無線のやり取りが日本語で行われているのを聞き現場に急行
事故現場を発見後に速やかに救助を要請しました。
 
そして、ただちに米軍の救援ヘリも現地上空に到着し救助活動を開始して地上から
15mの地点まで降下を始めていました。

事故から10年後、退役した1人のアメリカ人が『週間文春』1995年9月28日号で
この事件はおかしかったと証言しています。

 
彼はその日、偶然にも沖縄・那覇から横田基地米軍輸送機C130で飛んでいた。

日本側より14時間も前に墜落現場を発見した事実を公表した。 

「あの飛行機事故のことは10年たった今も脳裏に焼きついて離れない。 

JAL123便が管制塔に『緊急』を告げたとき、たまたま近くを飛んでいた。 

現場はすぐに発見できた。

墜落の2時間後にはアメリカ海軍の救助ヘリが 現場に着いた。

あのとき救助にストップがかからなければ、もっとたくさんの人が助かっていたに違いない。 

現場を確認後、グリフィン隊長は残骸の上空600mでそのまま旋回飛行を続けた。

私は横田基地からの位置を測り、20分後には正確な位置を割り出して横田基地に知らせた。 

やがて横田基地から連絡が入り、60km離れた厚木基地から海軍の救助隊が来ると知らされた。

あと1時間で着くという。

司令部の命令はこうだった。 
『日本の救助隊が向かっている。すぐ基地に戻るように』 
しかし私は次のように伝えた。 
『海軍は救助に入りたいと言っています』 
すると司令部は次のように言った。 
『繰り返す。すぐ基地に戻るように。海軍も同じだ』 
もはや私は『分かりました。帰還します』と答えるしかなかった。
降りかけていたヘリの乗員たちは、再びロープを登っていった。
そのとき、われわれの900m上空に、日本の飛行機が旋回しているのを認めた。 
午後9時20分だった。
これが現場に来た最初の日本の飛行機である 
横田基地で待っていたのは、第316戦術航空団の副司令官ジョエル・シルズである。 
グリフィン隊長が報告を終えると
シルズは『よくやった。でもこのことはいっさいマスコミに話してはいけない』と言った。

理由はまったく説明されなかった。 
しかし翌日のニュースは、もっと衝撃的だった。
日本の救助隊は現場を発見できず、やっと着いたのは墜落の14時間後だと言っているではないか。 
私は焦って自分の地図を取り出し、墜落現場を正確に伝えたかどうか調べた。 
私には自信があった。伝えた位置は正確だった。 
海軍のヘリは私の情報に従って現場に来たのだから、間違いない。 
われわれはあのとき、現場の上空を飛んでいた日本の救援隊にあとを任せた。 
それにしても、どうして墜落現場が分からなかったのか? 
いったい朝まで何をしていたのか?
不思議でならなかった。 
事故から2週間たって、私は『タイム』と『ニューズウィーク』で 
生存者が4人いたことを初めて知った。 

しかし残りの記事は間違いだらけだった。 
生存者の1人の証言が私をぞっとさせた。
彼女は墜落後、数人の子供たちの 声を聞いたと言っていた。
ヘリを見て手を振ったが、気づいてくれなかったと語っていたのだ。」

のちに現場で救助を行おうとした米軍救助ヘリの隊員たち、当時を知る上官たちは
「現役軍人であるため、詳細は語れないが、われわれは救助を行おうとしたんだ。
それだけは分かってくれ」と述べ、「日本側から救助を断られた」と証言しているそうです。


そして自衛隊や関係者の説明として、次のようなことを述べています。
「当時はGPSがなく、後続の救助隊に正確な位置を伝えることができなかったため夜明けを待った。」
「現場は真っ暗で月明かりもなく、着陸できるポイントもなく、隊員が降下する場合に使用する
紐が木に絡めばヘリ自体が墜落する恐れがあり、二次災害を防ぐため夜間の救出活動を見送った。」 


米軍輸送機の隊員は「現場を捜索中
巨大な山火事を発見し、夕暮れ時だったが地面はまだ見える明るさだった」と証言しています。

そして、米軍の救助ヘリ到着時には周りは暗かったですが、こう判断しています。
「煙と炎の勢いがすごくて現場に降下できないので、少し離れた場所に2人降下する。
準備もできていて、降下は十分可能だ。
ライトやスコープなど装備もあり夜間であることは問題ない。
あとは基地からの許可が下りれば救助を開始する」とヘリから輸送機に無線で連絡したと
証言が残っています。


後日、日本の自衛隊が「夜間の傾斜面で救助などできない」とした回答についても
インタビューに答えた米軍の救難スタッフによると「陸軍のヘリにはサーチライトや
夜間暗視装置も80年代から標準装備されており夜間など問題ではありません。
急斜面への垂直降下は救難隊なら誰でもできます」と回答しています。


 

18時42分に2機の自衛隊機は日航機とともに飛んでいたから墜落場所は墜落直後から
当然知っていたのではないでしょうか。


JAL123便を御巣鷹山に誘導した2機の自衛隊機の存在は、この件に関するマスコミ報道では
完全に伏せられています。

しかし、この2機の自衛隊機を目撃した人物がいます。
その人物の角田四郎は事故当日大月付近でキャンプをしていて目撃したというのです。
角田はJAL123便事件解明のため『疑惑/JAL123便墜落事故』という本を出しています。
角田氏自身の目撃状況です。
「このとき私は日航123便を目撃していた。(山梨県大月市と神奈川県相模湖の中間地点の)
東から南へ、南から西へ旋回しようとする地点である。

18時42分ごろになる。
そして、44分か45分ごろ、ループ飛行を終えて東へ向かったであろうころの日航機を追うように
東へ向かう2機の自衛隊機を私は見た。

そのときまた飛行機が見える。
木の間に見え隠れしていたが、
私は「えっ」と驚きの思いで立ち止まって見つめた。
しかし、今度はごく小さな機影で、北西に向かって夕焼けの中をどんどん小さくなってゆく。
『あれはさっきの飛行機(JAL123便)じゃないな』と思い
再びバンガローへの坂道を登っていった。
この間5~6分のできごとである。」

テレビ朝日のANNニュースのクルーが東伊豆町の沖合い2,5km、水深160mの海底で
JAL123便の尾翼の一部分と思われる物を発見し撮影
したにも関わらず
なぜか当時、新聞、テレビなどのメディアがこれを報道しませんでした

(提供:末日聖徒イエス・キリスト教会)
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JAL123便の事故の場合、航空機を製造したメーカーがボーイング社で
尻もち事故の修理を行ったのもボーイング社の技術者でした。

そのため、被害者たちが刑事告訴をする場合、ボーイング社の修理担当者も
その対象に含める必要があり、そのためにはボーイング社の協力が不可欠でした。

しかし、航空機事故で個人が刑事訴追されることなどありえないと考えている
アメリカの航空機メーカーが、自社の社員を刑事訴追に追い込むような捜査に協力するはずもなく
結果的にこの事故の原因究明の努力は二国間の司法制度の壁にも阻まれることとなりました。


不起訴処分が決まったのち、前橋地検の山口悠介検事正は原告の遺族たちに異例の説明会を
開催していますが、その場で山口氏は
「検察は航空機の専門家ではないから本当の事故原因はわからない」
修理ミスを犯したボーイング社職員を
嘱託尋問しなかった理由については
「事故原因をぎりぎりまで追及すれば戦争になる」
と発言をしています。
(提供:佐藤 昭信・末日聖徒イエス・キリスト教会 編纂:武井 泄月袴)

アメリカという悪の枢軸を信頼してはなりません。
地球上で起きている様々な陰謀・トラブルは全て陰にアメリカが絡んでいます。
金を作る為にツインタワーを壊し自国民を殺す国です。
日本人という誇りをもって団結し日々の暮らしから悪魔を追放しましょう。
私達日本人が誰の子孫であるか思い出しましょう。
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