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いろは歌とは、すべての仮名を重複させずに使って作られた誦文(ずもん)のこと。
七五調の形式となっている。
のちに手習いの手本として広く受容され、近代にいたるまで用いられた。
また、その仮名の配列は「いろは順」として中世から近世の辞書類や番号付け等に広く利用された。
ここから「いろは」は初歩の初歩として、あるいは仮名を重複させないもの、すなわち仮名尽しの
代名詞としての意味も持つ。(提供:ウィキペディア)

いろはにほへとの中にイエスキリストが唄われていることは余り知られていない。


囮の暗号「咎なくて死す」
現存する最古の「いろは」は、1079年(承暦3)に成立した『金光明最勝王経音義
に、音を表す文字の表、すなわち字母表として、表1のように、7x7個のマス目に記されている。
このように、学問的な世界で用いられていた「いろは」が、鎌倉時代以後
仮名の手習(習字)の手本に使われるようになり、一般庶民にもなじみ深いのものになった。
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いろはー1


























































そして、江戸時代になると、谷川士清の『和訓栞』の大綱のように、
7段書きした「いろは」の沓に相当する7字「とかなくてしす」「咎(罪)なくて死す」
と読めるのは、意図的なものだという説が現れる。
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また、竹田出雲作の『仮名手本忠臣蔵』という人形浄瑠璃の題名は
「仮名手本」=いろは忠臣蔵47文字によって、主君の仇討ちをした赤穂浪士の数を示すだけでな
く、「咎なくて死す」によって、幕府のとった47士全員切腹という厳しい処置に対し、
無言の抗議をしている。当然、そのことは観客に通じたはずだから、江戸中期には、
「咎なくて死す」が多くの人に知られていたと考えられる。

さらに、吉澤義則氏は、『書道全集12』(平凡社)の中で、江戸末期に、「咎なくて死す」を
菅原道真の事跡に結ぴつけようとする説があったとしている。

竹田出雲には、道真の配流を大筋とする人形浄瑠璃『菅原伝授手習鑑』(初演1746年)
がある。「手習鑑=手習いの手本」とは「いろは」のことだから、この題も道真の死を
「咎なくて死す」と見ていることになる。すなわち、江戸末期ではなく、江戸中期にすでにそのよ
うな考え方があったということである。

大正時代にも、字母歌を本格的に研究した大矢透が、『音図及手習詞歌考』の中で、「咎な
くて死す」を問題にしている。大矢透は、この言葉を、「罪科もなく、清らかに死んでいく」
という意味に解釈し、「いろは」の内容とも密接に照応し、仏教思想の理想的境地を端的に表 
現した言葉であるという。

ところが、この言葉が、新たな生命を吹きこまれて、現代に蘇った。詩人の篠原央憲氏が、
その著書『いろは歌の謎』において、これを無実の罪で処刑されようとする万葉の歌人
柿本人麻呂が怨念をこめて残した、暗号による遺書だと論じたからである。
(提供:いろは歌の暗号)

又いろは歌には作者の遺恨が込められており、源高明を作者とする説が出た。
しかし大矢透はこれを「付会」としている。

ろはにほへ
ちりぬるをわ
よたれそつね
らむうゐのお
やまけふこえ
あさきゆめみ
ひもせす          ※ゑ=え

空海説
「いろは歌」の作者が空海であると考えられる大事な理由が、その折句に含まれている
メッセージの内容です。この折句に含まれる宗教観は明らかに大陸文化、およびキリスト教の
影響を受けており、当時遣唐使として中国に渡ってネストリウス派のキリスト教(景教)を学び
帰国後密教を布教した空海以外、作者として該当する人物は存在しないのです。

「いろは歌」を七語調にちなんで7×7の升目にきちんと入れると、「いろは歌」には角3点
および、一番下段の列により形成されるふたつの中心的メッセージが含まれていることに
気が付きます。
それは「イエス」、および「トカナクテシス」というキリスト教の影響を受けたとも思える折句です。そのほかにも、「いろは歌」には多くの折句が含まれており、そこには旧約・新約聖書に
書かれているヤハウェの神、そしてキリストへの信仰告白と理解できる文脈が息吹いているのです。 それ故、「いろは歌」の著者は平安初期当時、まだ日本国には伝わっていなかったはずの
キリスト教や、聖書に書かれているメッセージを何らかの理由で知り得た人物に
特定することができます。

信仰に関わる大切な真理を47文字しかない母字歌の折句としてまとめることは、天文学的知恵を
絞らなければ完成させることはできないでしょう。
そして古代日本で、その不可能を実現したのが空海の英知であり、「いろは歌」はその結晶です。
多数の古代文献に記載されているとおり、この「いろは歌」こそ、日本国が生んだ史上最高の詩人
であり宗教学者である空海が書いた作品であると推察できます。

空海は密教を日本に持ち込んだ高僧で仏教も神道もみな根源は同じキリスト教であると説きました
密教こそがキリスト教だったのです
いろは歌は空海が作ったという説が最近では主流のようです
皆さんはどう感じられましたか?
明治天皇も神道はユダヤ教であると明言されています
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(寄稿:武井 泄月袴)