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2003年海上自衛隊の式典に参列するため、1人の老紳士が初めて日本の土を踏んだ。
84歳という高齢に加え心臓病を患っているというのにだ。
元イギリス外交官でサーの称号を持つサムエル・フォール。
彼にはどうしても日本を訪れたい理由があった。
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サー・フォール曰く
「自分が死ぬ前に、どうしても一言お礼を言いたかったのです。
この年になっても、一度として彼の事を忘れたことはありません。」
案内された船の艦内で、サー・フォールはしみじみと語り始めた。
61年前の壮絶な真実を。
それは戦後の長きにおいて、日本人誰もが知らなかった戦場の奇跡の物語であった。

その物語は1942年、ジャワ島北東部スラバヤ沖でおこった。
当時の戦況は日本が圧倒的に有利。
イギリスをはじめとする連合国艦隊は、連日猛攻撃を浴び、フォール少尉の乗る
エンカウンターも戦闘艦に包囲されていた。
砲弾が命中し、エンジンが停止。
もはや脱出する以外方法はなかった。
こうして全員が救命ボートで脱出。
その直後エンカウンターは日本海軍の攻撃によって炎上、海に沈んだ。

船から離れる前に打ったSOSの無線を受信できる位置に味方のオランダ軍の基地があったが
いつまでたっても味方の救助は現れなかった。
そのとき
イギリス兵「見ろ、船だ」
イギリス兵「おーい、ここだ、助けてくれ」
希望の光が降り注いだ。
フォール少尉「待て」
フォールの目の前に現れたその船は・・・
日本海軍の駆逐艦「雷(いかづち)」
乗組員220人の小型の軍艦ではあるが、連合軍の船3隻を撃沈させるなど
の威力をまざまざと見せつけていた。
イギリス兵たちの脳裏には死の1文字以外見えなかった。
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日本海軍の駆逐艦「雷」の指揮を執ったのが、艦長 工藤俊作
身長185cm、体重90kg。
堂々たる体格の猛将であった。

日本兵「左30度 距離8000 浮遊物多数」
「わが軍の船が敵の潜水艦にやられた直後かもしれません」
「浮遊物はその船の残骸かもしれません」
工藤艦長「近くに潜水艦のいる可能性がある。潜望鏡が見えないか確認しろ」

日本兵「浮遊物は敵兵らしき」
「艦長、イギリス海軍です。400名以上はいます」
「400名?!」
工藤艦長「引き続き、潜望鏡が見えないか確認しろ」
日本兵「400人はいる、俺たちより多いぞ」
「イギリス海軍か、昨日の海戦の残党か」
工藤艦長「取り舵いっぱい」
工藤の船が、ついに漂流者を射程の距離に捉えた。

イギリス兵「日本軍だ」
その時、工藤艦長が見たものは。
ボートや瓦礫につかまり、必死に助けを求める400名以上のイギリス海兵だった。
イギリス兵「もうダメだ、このままじゃ機銃掃射でハチの巣にされるぞ、どうするんだよ」
そしてフォールたちは最後の瞬間を覚悟し十字を切った。

 

工藤艦長
「敵兵を救助せよ」
そこで揚がったのは救難活動中の国際信号旗だった。
日本兵
「敵を助けるだと?」
「艦長は正気なのか?」
「助けたとしても、敵は400名以上いるぞ」
「助けた後、元気になったらやられるかもしれない」
しかし工藤はある信念を貫いた。
それは、工藤が海軍兵学校の頃から教育された武士道だった。
敵とて人間。
弱っている敵を助けずしてフェアな戦いは出来ない。
それが武士道であると。
世紀の救助劇はこうしてはじまった。
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サー・フォール
「救助の旗が揚がった時は夢かと思いました。
彼らは敵である私たちを、全力で助けてくれたのです。」
甲板上では油や汚物にまみれていたイギリス兵の身体を木綿の布とアルコールで優しく丁寧に拭いた。
さらに日本兵にとっても貴重な真水や食料を惜しみなく与えた。
やるだけのことはやった、誰もがそう思った時だった。
工藤艦長
「まだ終わってはいない」
日本兵
「どういう事でしょうか?」
工藤艦長
「左前方に舵を取れ。漂流者を全員救助する」
日本兵
「艦長、このまま救助を続けると戦闘になった時燃料が足りなくなりそうです」
工藤艦長
「構わん、漂流者は一人も見逃すな」
その後も工藤は、たとえ遠方に一人の生存者がいても、船を停止し救助させた。
そして溺れていたすべてのイギリス兵を救助した。
その数は日本の乗組員の2倍近い422名にのぼった。

サー・フォール
「1人2人を救う事はあっても、全員を探そうとはしないでしょう。
例え戦場でもフェアに戦う。困っている人が居ればそれが敵であっても全力で救う。
それが日本の誇り高き武士道であると認識したのです」
日本兵
「士官のみ、全甲板に集合せよ」
しかし、捕虜である身に変わりはない。
フォールたちは何をされるか不安に陥った。
そして艦橋から降りてきた工藤が発した言葉は
「You had fought bravely.
(諸官は勇敢に戦われた)
Now,You are the guest of the Imperial Japanese Navy.
(諸官は日本海軍の名誉あるゲストである)」

名誉ある422人のゲストは、翌日にボルネオ島の港で日本の管轄下にある
病院船に捕虜として引き渡された。
そしてフォールは終戦後、家族と、愛する恋人のいるイギリスへと無事帰国。
サーの称号を与えられるほど、有能な外交官として勤め上げたのである。

この話は後に 惠隆之介氏により一冊の本となった。
敵兵を救助せよ! 駆逐艦「雷」工藤艦長と海の武士道 (草思社文庫) [ 惠隆之介 ]
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私達日本人は日本人である誇りと自信を忘れて生きてはいないだろうか?
日本人としての誇りと自信は自分達だけのものではない。
迷っている人を導き困っている人を助ける精神こそが武士道であり大和魂である
サー・フォール氏の言葉を通し教えられたのだ。
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工藤俊作氏に心から手をあわせたい。
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