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竹内文書
は何者かによって古代の書物(古史古伝)を装って捏造された偽書である。
神代文字で記された文書と、それを武烈天皇の勅命により武内宿禰の孫の平群真鳥が漢字と
カタカナ交じり文に訳したとする写本群と、文字の刻まれた石、鉄剣など、一連の総称。
天津教の聖典とされる。
原本が存在する立場からは、後述の裁判に提出されたのちに焼失したと主張される。
(提供:ウィキペディア)

73世武内宿禰真の竹内文書(正統竹内文書)があると告知してから偽書とされている
竹内文書の存在を見直す声が大きくなってきた。
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竹内文書では、太陽を「天日球国」、地球を「地美」という。
そして、「地日玉国」という言葉が出てくるが、これは地球の中にある太陽
つまりアルザル(シャンバラ)を指しているようだ。
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どうやら、『竹内文書』に登場する歴代の超古代天皇は、地上の日本の天皇ではなく
「地日玉国」を統治する王であるらしい。
そこは、地球の中心である「本当の日本」なのだ。
竹内文書』(磯原文書、天津教文書ともいう)とは、神代文字で記された文書と
それを
武烈天皇の勅命により武内宿禰の孫の平群真鳥が漢字とカタカナ交じり文に訳したとする
写本群と、文字の刻まれた石、鉄剣など、一連の総称で
皇祖皇太神宮天津教(天津教)の聖典です。
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超古代の世界では天皇が航空機で世界を巡っていた
1:天津教を興した竹内巨麿によって公開された、超古代の歴史を伝える文献
2:その荒唐無稽さから、アカデミズムでは偽書とされるが、無視できない点も多い
3: 『竹内文書』の原資料と考えられる『正統竹内文書』というものも存在している

日本の正史的な文献「記紀」(『古事記』『日本書紀』)をはるかに遡る
超古代の日本と世界の歴史を伝えるという脅威の文献が存在します
それが『竹内文書』です


 



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『竹内文書』は、富山県の赤池大明神の竹内家が先祖代々秘匿してきた、数千点にもおよぶ
剣や鏡などの器物に刻まれた文書の総称で、1892年に竹内巨麿(きよまろ)らによって
竹内家の墓から掘りだされました。
その後、1911年に巨麿が宗教団体・天津教を興すと、『竹内文書』の整理と研究を始め
大正末~昭和初期にかけて公開されていったのです。 
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正統竹内家の家紋である、四つ割菊に葉付き紋

そこで明かされた『竹内文書』の内容は驚くべきものでした。

宇宙に天地ができる以前の時代の様子から、地球に天降った超古代の天皇によって
世界が統治されてきた時代など、壮大な歴史が綴られていたのです。

そして、超古代の世界は、超科学文明に支えられていました。
天皇は「天之浮船(あめのうきふね)」と呼ばれる航空機で世界をまわり、人々に高度文明を
授けていきました。
さらに、世界各地の情報を瞬時に映像でとらえられる「世界照覧の神鏡」という装置などを
使っていたというのです。
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竹内巨麿が公開した『竹内文書』の一部/提供=八幡書店

こうした荒唐無稽な内容をはじめ、超古代の記録にも関わらず近代都市の名がそのまま登場する
箇所があることから、そして何より、『竹内文書』には、日本民族が漢字伝来以前に
使っていたとされる「神代文字」が含まれているため、偽書として扱われています。
というのも、正統史学では、漢字伝来以前に日本には文字がなかったというのが定説だからです。
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広島県の葦獄山。その頂上はどこから見ても三角形で、「日本のピラミッド」とされている)

しかし、神代文字が存在した証拠はあります。例えば、伊勢神宮など古社に奉納されている
文書に書かれた文字は、明らかに漢字や仮名ではありません。
さらに鎌倉時代の『上記』に記された神代文字と『竹内文書』の神代文字はよく似ているといいます。

また、「日本のピラミッド」の研究の先駆者・酒井勝軍は、『竹内文書』をヒントに
広島県の葦嶽山ピラミッドを発見しました。
このような事実があることから、『竹内文書』は日本の超古代史研究においては
一概には無視できない文献でもあるのです。
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竹内(武内)家の祖、武内宿禰。景行から仁徳まで5代の天皇に仕えたとされる

なお、『竹内文書』とは細部が異なり、伝承される量がはるかに上回る『正統竹内文書
というものも存在しています。

この『正統竹内文書』は、「記紀」に登場する伝説上の人物・武内宿禰が編纂したとされるものです。巨麿が公開した『竹内文書』の原資料ではないか、ともいわれています。

正統竹内文書によると上古二十五代は14代から21代の7代が天神七代を表す名前になっています。
そして、古事記の神の名前に対応しています。
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天神7代
1代 天日豊本葦牙気皇主身光大神天皇

2代 造化気万男身光天皇
3代 天日豊本黄人皇主神天皇身光神
4代 天之御中主神身光天皇=アメノミナカヌシノカミ
5代 天八下王身光天皇
6代 天目降美身光神天皇
7代 天相合美身光天皇
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上古25代
8代 天八百足日身光天津日嗣天皇
9代 天八十万魂身光天津日嗣天皇
10代 高皇産霊身光天津日嗣天皇=タカミムスビ
11代 神皇産霊身光天津日嗣天日天皇=カミムスビ
12代 宇麻志阿志訶備比古遅身光天津日嗣天日天皇=宇摩志阿斯訶備比古遅神
13代 天之常立男身光天津日嗣天日天皇=天之常立神
14代 国之常立身光天津日嗣天日天皇=1代 元無極躰主王大御神=国之常立神
15代 豊雲野根身光天津日嗣天皇=2代 天地分主尊大神=豊雲野神
16代 宇比地煮身光天津日嗣天皇=3代 天地分大底主大神=宇比地邇神
17代 角杭身光天津日嗣天日天皇=4代 天地分大底主大神=角杙神
18代 大斗能地王身光天津日嗣天日天皇=5代 天一天柱主大神躰光神天皇=意富斗能地神
19代 面足日子天津日嗣天日天皇・20代 惶根王天津日嗣天日天皇=6代 
   国万造主大神身光天皇=於母陀流神

21代 伊邪那岐身光天津日嗣天日天皇=7代 天御光太陽貴王日大御神大光日天神=イザナギ
22代 天疎日向津比売身光天津日嗣天日天皇=天照大神=イエス・キリスト
23代 天之忍穂耳身光天津日嗣天日天皇=アメノオシホミミ
24代 天仁仁杵身光天津日嗣天日天皇=ニニギ
25代 天津彦火火出見身光天津日嗣天日天皇=山幸彦

 

竹内家とは、記紀にも登場する「武内宿禰」の末裔とされ、記紀には宿禰は尋常でない
長寿を生きた人間として記されています。

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『古事記』によれば、宿禰が仕えたのは第12代景行天皇から始まり第16代仁徳天皇にいたるまでの
5代にもわたります。

これは武内家の子孫が宿禰の名を襲名し代々継承したと考えられますが、宿禰が仕えた
第12代~第16代の天皇陛下のすべてが神武天皇と同一人物であるため、宿禰も1人だった
ということになります。

 
1984年、第81代海部穀定(あまべよしさだ)宮司は『元初の最高神と大和朝廷の元始』を発表し
日本古代史や神道史学界を驚かせました。

海部光彦宮司は、日本神話を読み解くための籠神社の極秘伝の1つを「多次元同時存在の法則
と名付けました。


「多次元同時存在の法則」は次の5つの法則です。
・神に適用され原則として実在の人間には適用できない。(現人神の天皇陛下の場合は適用できる)
・神の世界ゆえ時間と空間を超越する。
・神は分身を作ることがある。
・神の分身は別名となって表現される。 
・同じ名前の神は同一神。

 
この考えにより日本神話が史実だけではなく、神も多くの別名があるということが分かります。
 
この考えを取り入れて日本神話を解明すると、多くの神の名前が真の神を表す名前であり
また日本神話の神たちが聖典の人物やその物語であったり、徐福たちや秦氏たちの預言者などを
神としてまつる祖先である祖神とした物語だと分かるのです。


神話と歴史は根本的に違います。
神話は、伝えたい教えや過去の歴史をフィクションとしているのです。
多次元同時存在の法則を簡単に説明すれば、神話において神々は分身を多く作り
同じ神が違う名前で違う場所と時間で活躍するのです。

男神から女神になりときには親子や兄弟となり、一人二役から一人三役、四役……と
多くの役割を演じるのです。

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日本神話の多くの神々は、神道の最高神、天照大神=イエス・キリスト(ヤハウェ)を表した
名前の別名か、イエス・キリスト(ヤハウェ)を信仰する人物が神とされているかにすぎないのです。
(提供:佐藤 昭信・末日聖徒イエス・キリスト教会 編纂:只埜セツ子)
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名前に「神」の字がある天皇陛下の場合は、分身として表現している場合があるのです。
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