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真珠湾攻撃( 日本時間1941年(昭和16年)12月8日未明、ハワイ時間12月7日)は
アメリカ合衆国のハワイ準州オアフ島真珠湾にあったアメリカ海軍の太平洋艦隊と基地に対して
日本海軍が行った航空機および潜航艇による攻撃である。
当時の日本側呼称はハワイ海戦(布哇海戦)。
太平洋戦争(大東亜戦争)緒戦の南方作戦の一環として計画された作戦であり
イギリスの植民地のマレー半島のイギリス軍に対するマレー作戦に次いで開始された作戦である。
一方的な戦闘の結果、アメリカ太平洋艦隊の戦艦部隊は戦闘能力を一時的に喪失した。
(提供:ウィキペディア)


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当時の米国の国民は日本との戦争など誰も望んではおらず、それに困ったルーズベルトが
9.11のヤラセテロと一緒で自作自演ではなく自作他演の攻撃をさせたのが真珠湾攻撃でした

・日本  ルーズベルトが議会に隠していたHull note(ハル・ノート)をつきつけられた
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・米スチムソン陸軍長官  日本に先制攻撃をして貰うのが望ましいと思ってた
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・ルーズベルト大統領  問題は日本をどう誘導して行くかだFDR_in_1933
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第二次世界大戦とハルノート


日米戦争の開戦についていつも語られるのは、日本の真珠湾攻撃が、はたして卑怯な「騙し討ち」
であったのかどうかということです。
今日も、アメリカ人の大半と多くの日本人のあいだでは「アメリカ側は日本海軍の真珠湾攻撃を
まったく予期しておらず、日本側でもまた、完全な無線封鎖による隠密行動で、ハワイの奇襲に
成功した」というのが定説になっています。
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しかし私は、それはあまりにも、ルーズベルトという人物の本質を見誤った結論だと思います。
ルーズベルトという人物を甘く見てはいけません。
ルーズベルトは全世界を、ソ連のスターリンと二人で二分割して自分たちのものにする
という考えを持っていました。
私自身も最近になって初めて知ったので、ほとんどのアメリカ人はまだ、この事実を
知らないと思います。 
(提供:まだGHQの洗脳に縛られている日本人 [ ケント・S.ギルバート)

アメリカ議員ハミルトン・フィッシュの告発


特にフィッシュが問題にしたのは、ルーズベルトが「ハル・ノート」の存在を
議会に隠していたことでした。
ルーズベルトは、「アメリカが誠意を持って対日交渉を続けているさなかに
日本は卑怯にも真珠湾を攻撃した」と、議会や国民に説明していたのです。
しかし、それは偽りでした。
フィッシュは、自著「FDR: The Other Side of the Coin.」(1976年)でこう振り返っています

私たちは、日本が、和平交渉の真っ最中にわが国を攻撃したものだと思い込んでいた。
1941年11月26日の午後に日本の野村大使に国務省で最後通牒が手交された。
それはハル国務長官が渡したものである。
ワシントンの議員の誰一人としてそのことを知らなかった。
民主党の議員も共和党の議員もそれを知らされていない。

フィッシュは共和党員であり、ルーズベルトの前任で共和党のフーバー大統領の抑制的な
対日外交を知っていました。
それだけに、ハル・ノートの内容が日本に対する最後通牒であったことをすぐ理解しました。
フィッシュはハル・ノートは議会の承認を得ない対日最後通牒であると言い切っています。
それは、議会だけに開戦権限を認める合衆国憲法の精神にも背いた外交文書でした。
フィッシュはルーズベルトを軽蔑するとともに、自分がその嘘に乗せられて対日宣戦布告を
容認したことを強く恥じました。
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戦後の研究で、日本の天皇も指導者も対米戦争を望んでいなかったことまでが明らかになると
彼の怒りは頂点に達しました。
別の自著「Tragic Deception: FDR and America's Involvement in World War II.」(1983年)
(邦題「日米開戦の悲劇」岡崎久彦監訳)の中で、フィッシュはこう述べています。

私はルーズベルトを許すことができない。
彼はアメリカ国民を欺き、全く不必要な日本との戦争にアメリカを導いた。
日本の指導者が開戦の決断をすることになった最後通牒ハル・ノートはルーズベルトが真珠湾攻撃を『恥ずべき行いの日』と呼んだことにちなみ、『恥ずべき最後通牒』と呼ぶのが適切と思われる。
日本は、面積がカリフォルニアにも満たない人口八千万人の比較的小国であった。
天然資源はほとんど保有せず、また冷酷な隣国であるソビエトの脅威に常に直面していた。
天皇は名誉と平和を重んずる人物であり、側近の攻撃的な軍国主義者を制止するために
できるかぎりのことを行っていた。

日本はフィリピンおよびその他のいかなる米国の領土に対しても、野心を有していなかった。
しかしながら、ひとつの国家として、日本はその工業、商業航行および海軍のための石油なしには
存立できなかった。
日本は、コメおよび石油の購入を平和的に保証されたならばどのような条約にでも署名し
南方に対するいかなる侵略も停止したであろう。
ただ、自由貿易を認めるだけでよかったのだ。

どうしてイギリスが極東における数多くの領土を保有する絶対的な権利を持つべきであり
その一方で日本が近隣諸国からコメ、石油、ゴム、錫その他の商品を購入することさえもできない
くらいの制限を米国によって課せられなければならないのか。
こんな理不尽な話はあり得ない。

米国の最後通牒を受け取った時点の日本は、四年にわたる戦争の結果、中国のほとんどの海岸線
大都市、かつ広範な領土および満州全土を掌握し、極東最大の勢力となっていた。
このような強力な国家に対し、米国はこれ以上何を要求できると言うのか。

天皇および近衛首相は、平和を維持するために信じられないほどの譲歩をするつもりでいたのである。
非常に平和愛好者である首相の近衛公爵は、ルーズベルトとの会談を繰り返し要望していた。

在日米国大使であったジョセフ・グルーは、日本がどれだけ米国と平和的関係を保ちたいと
希望していたか承知しており首脳会談を強く要請した。

日本は米国との開戦を避けるためならば何でもする用意があったであろう。
しかし、ルーズベルトはすでに対日戦、対独戦を行うことを決意していたというだけの理由で
日本首相との話し合いを拒否した

日本との間の悲惨な戦争は不必要であった。
これは共産主義の脅威をより恐れていた日米両国にとって、悲劇的であった。

我々は、戦争から何も得るところがなかったばかりか、友好的だった中国を共産主義者の手に
奪われることとなった。
イギリスは、それ以上に多くのものを失った。
イギリスは中国に対して特別の利益と特権を失い、マレーシア、シンガポール、ビルマ
インドおよびセイロンをも失った。

日本人は、高度な忠誠心、愛国心に満ちた、非常に感受性の強い、誇り高き、かつ勇敢な民族である。
このような民族に『恥ずべき最後通牒ハル・ノート』を突きつければ、必ず戦争になると
ルーズベルトは確信していた。

私はルーズベルトを許すことができない。
この大戦は米国に三十万人の死亡者と七十万人の負傷者、そして五千億ドルの出費を米国に
もたらした。

日本には軍人、民間人合わせて三百万人以上の死亡者をもたらした。
日本の物的、人的、精神的被害は計り知れない。
その責任はルーズベルトが負っているのだ。

このように、フィッシュは戦争で命を落としたアメリカ人の犠牲を悼むだけでなく
日本人に対しても哀悼の念を表しています。
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ルーズベルトは確かに卑怯ですが忘れてならないのは
アメリカ大統領はシークレットガバメントのただの木偶(でく)であるということです
逆らえばJFKのような末路をたどるのです
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当時ルーズベルトやシークレットガバメントは日本をVirus(ばい菌)と蔑んでいました
ばい菌なので原爆で焼き殺した方がよいとさえ考えていました
何故なら当時まだ彼らは日本という国の正体を知らなかったからでした
日本は世界に隠していた兵器を使い敵国を全て滅ぼす予定でしたが
勝った後の国体を憂い天皇陛下は使用を禁じました
敗戦はしたものの天皇陛下の終戦の詔勅(しょうちょく)の玉音放送では
昭和天皇は戦争に負けたとは一言もおっしゃってはいません

 

終戦の詔勅口語訳
世界の情勢と日本の現状を深く考えた結果、緊急の方法でこの事態を収拾したい。
忠実なあなた方臣民に告ぐ。
私は、「共同宣言を受け入れる旨をアメリカ、イギリス、中国、ソビエトの4カ国に伝えよ」と
政府に指示した。
日本臣民が平穏無事に暮らし、全世界が栄え、その喜びを共有することは歴代天皇が遺した教えで
私も常に心に持ち続けてきた。
アメリカとイギリスに宣戦布告した理由も、日本の自立と東アジアの安定を願うからであり
他国の主権や領土を侵すようなことは、もともと私の思うところではない。

だが戦争は4年も続き、陸海将兵の勇敢な戦いぶりも、多くの官僚の努力も、一億臣民の奉公も
それぞれが最善を尽くしたが戦況はよくならず、世界情勢もまた日本に有利ではない。
その上、敵は新たに、残虐な爆弾を使用して多くの罪のない人を殺し、被害の及ぶ範囲を
測ることもできない。
このまま戦争を続ければ、日本民族の滅亡を招くだけでなく人類の文明も破壊してしまうだろう。

そんなことになってしまえば、どうやって私は多くの臣民を守り、歴代天皇の霊に
謝罪すればよいのか。
これが、私が政府に共同宣言に応じるように命じた理由だ。

私は、東アジアの解放のために日本に協力した友好国に対して、遺憾の意を表せざるを得ない。
戦地で命を失った者、職場で命を失った者、思いがけず命を落とした者、またその遺族のことを
考えると、身も心も引き裂かれる思いだ。
戦争で傷を負い、被害にあって家や仕事を失った者の生活についても、とても心配だ。

これから日本はとてつもない苦難を受けるだろう。
臣民のみんなが思うところも私はよくわかっている。
けれども私は、時の運にも導かれ、耐えられないことにも耐え、我慢できないことにも我慢し
今後の未来のために平和への道を開いていきたい。

私はここに国体を守ることができ、忠実な臣民の真心を信じ、常に臣民とともにある。
感情の赴くままに問題を起こしたり、仲間同士で排斥したり、時局を混乱させたりして
道を外し、世界からの信用を失うことは、私が最も戒めたいことだ。

国がひとつとなって家族のように団結し、日本の不滅を信じ、責任は重く、道は遠いことを
心に留め、総力を将来の建設のために傾け、道義を大切にし、固くその考えを守り
国体の本質を奮い立たせ、世界の流れから遅れないようにしなさい。
あなた方臣民は、これらが私の意志だと思い、実現してほしい。



当時のルーズベルト大統領は日本軍の暗号を解読し約3週間も前に真珠湾攻撃が始まる日時を
正確に把握していました
ところがハワイ駐留アメリカ軍から暗号解読器を取り上げ敢えてその事実を報告しませんでした

自国民を犠牲にして不意打ちされたシナリオを作ることでアメリカ市民の怒りを煽り
参戦への支持を取り付ける卑劣なやり口はアメリカの常套手段です
※これをマッチポンプという 火つけと火消の一人二役
 ⇒ 3.11でもJal123便追撃事件でも雄姿友情を演出しました
(寄稿:武井 泄月袴)