yatagarasu2-640











「八咫烏」の起源は徐福集団(のちの海部氏)のレビ族の大祭司、祭司たちの指導者組織です。
そして、原始キリスト教徒の神武天皇や秦氏が渡来したときに、原始キリスト教徒の祭司たちの
指導者組織の形態に変更され、のちに聖徳太子(秦河勝)が指導者組織を陰陽師集団「八咫烏」とし
現在まで続いているといわれています。


表向きの八咫烏についてice_screenshot_20170708-110903



八咫烏(やたがらす)とは、熊野本宮大社の主祭神である家津美御子大神素盞鳴尊)のお仕えです。
日本を統一した神武天皇を、大和の橿原まで先導したという神武東征の故事に習い
導きの神として篤い信仰があります。
八咫烏の「八咫」とは大きく広いという意味です。八咫烏は太陽の化身で三本の足があります。
この三本の足はそれぞれ天・地・人をあらわす、といわれています。
とは天神地祇、すなわち神様のことです。
とは大地のことで我々の住む自然環境を指します。
つまり太陽の下に神様と自然と人が血を分けた兄弟であるということを、二千年前に
示されていたのです。ice_screenshot_20170624-170149











Shrine_Kumano_hongu_torii01800px-Yudzuruha_shrine_entrance_by_OpenCage










































日本の歴史における八咫烏の出現はきわめて古く、『古事記』『日本書紀』『延喜式』をはじめ
 キトラ塚古墳の壁画や福岡県珍敷塚古墳横穴石室壁画、千葉県木更津市高部三〇号噴出土鏡
世界最古の油絵である玉虫厨子(法隆寺蔵) の台座にも見ることができます。

蹴鞠名人の熊野詣
平安時代に蹴鞠は貴族社会で大流行し、中でも蹴鞠の名人と言われた藤原成道という貴族は
蹴鞠上達のために五十回以上も熊野詣をしています。
また、藤原成道は日記の中で、熊野大神の御前で「うしろまり」の名技奉納を行ったことについても
語っています。

サッカーと八咫烏
Japan


















みなさんもご承知のとおり、JFA財団法人日本サッカー協会のマークは八咫烏です。
神武天皇の故事に習い、 よくボールをゴールに導くようにとの願いが込められていると考えられます。今も、JFAの方や、日本代表サッカー選手たちが必勝祈願でご参拝されています。
(提供:熊野本宮大社)
logo_header






また1939年(昭和14年)に、「天皇の命令」の形式をとる勅令(昭和14年勅令第496号)
によって制定された日中戦争の従軍記章たる支那事変従軍記章は、その章(メダル)の意匠に
八咫烏を用いるが、これは三本足ではなく二本足であった。China_Incident_War_Medal_01




















































日本神話の八咫烏
八咫烏は、日本神話において神武東征(じんむとうせい)の際
高御産巣日神(タカミムスビ)によって神武天皇のもとに遣わされ、熊野国から大和国への
道案内をしたとされるカラス(烏)で一般的に三本足のカラスとして知られ
古くよりその姿絵が伝わっている。
『古事記』では、八咫烏を遣わしたのは高御産巣日神『日本書紀』では天照大神です。

安達吟光作「八咫烏を追う神武天皇」。左上の鳥が八咫烏。
Tennō_Jimmu

















この絵以外にも多くの神武東征が描かれている
96261384afad63e688a3c79106d0cfe3651b634a3-2@1200x1200tennou





































































































DSCF1550
八咫烏は日本神話において神武天皇を大和の橿原まで案内したとされており、導きの神として信仰されている。また、太陽の化身ともされる。
熊野三山においてカラスはミサキ神(死霊が鎮められたもの。神使)とされており八咫烏は熊野大神(素盞鳴尊)に仕える存在として信仰されており熊野のシンボルともされる。
近世以前によく起請文として使われていた熊野の牛玉宝印(ごおうほういん)にはカラスが描かれている。

咫(あた)は長さの単位で、親指と中指を広げた長さ(約18センチメートル)のことであり八咫は144cmとなるが、ここでいう八咫は単に「大きい」という意味である。
なお、八咫烏は『日本書紀』や『古事記』に登場するが、『日本書紀』では同じ神武東征の場面で、金鵄(金色のトビ)が長髄彦との戦いで神武天皇を助けたともされるため八咫烏と金鵄がしばしば同一視ないし混同される。


元々賀茂氏が持っていた「神の使いとしての鳥」の信仰と、中国の「太陽の霊鳥」が習合した
ものともされ、古来より太陽を表す数が三とされてきたことに由来するとする見方は
宇佐神宮など、太陽神に仕える日女(姫)神を祭る神社(ヒメコソ神社)の神紋が
三つ巴であることと同じ意味を持っているとする説である。
中国では古代より道教と関連して奇数は陽を表すと考えられており、中国神話では太陽に棲む
といわれる。
陰陽五行説に基づき、二は陰で、三が陽であり、二本足より三本足の方が太陽を象徴するのに
適しているとも、また、朝日、昼の光、夕日を表す足であるともいわれる。

神道管理組織「八咫烏」と 陰陽師集団「八咫烏」

E7868AE9878EE69CA














『古事記』では、八咫烏を遣わしたのは、高御産巣日神です。

『日本書紀』では、八咫烏を遣わしたのは、天照大神です。
 
高御産巣日神はヤハウェであり、天照大神はイエス・キリストです。
日本における「八咫烏」とは、神道の祭司を指導する指導者組織です。
紀元3世紀末にイスラエル10部族と原始キリスト教徒たちが日本に来て
旧約の神道を新約の神道に更新しました。

すでに日本には、ユダヤ人の徐福たちの子孫である海部氏、物部氏のユダヤ教である旧約神道
がありました。

つまりニギハヤヒ命は物部氏であり、物部氏、海部氏の神道指導者組織が神話での八咫烏なのです。
そして、原始キリスト教徒である秦氏の長の神武天皇に王権を譲った物部氏、海部氏は
裏側で神道と天皇陛下を支えました。

 
「八咫烏」の起源は徐福集団(のちの海部氏)のレビ族の大祭司、祭司たちの指導者組織です。

そして、原始キリスト教徒の神武天皇や秦氏が渡来したときに、原始キリスト教徒の祭司たちの
指導者組織の形態に変更され、のちに
聖徳太子(秦河勝)が指導者組織を陰陽師集団「八咫烏」
とし現在まで続いているといわれています。

 
陰陽道には、表の陰陽道と裏の陰陽道があります。
裏の陰陽道のことを迦波羅(伽波羅:カバラ)といい、裏の陰陽師のことを漢波羅(カンバラ)
とよびます。

迦波羅とはユダヤ密教「カバラ」のことで、漢波羅とはカバラを理解した者「カバリスト」
意味します。


徐福のころから原始キリスト教徒と同化した当時も、ユダヤ教である旧約神道と
原始キリスト教である新約神道の指導者組織はありました。

ユダヤ教である旧約神道が原始キリスト教である新約神道に移行したのちも
指導者の多くは海部氏、物部氏でした。


ユダヤ教の物部系の神社は、イエス・キリストの贖罪犠牲の象徴として動物の犠牲儀式
行っていて、牛などをささげていました。 

しかし、イエス・キリストが神会の管理する宇宙の全人類の罪を背負って十字架上で
最後の生け贄となって死なれたので、動物の犠牲をささげることは行わなくなり
秦氏は動物の犠牲の儀式を止めるように全国の神社に指示されました。

 
「鴨が葱を背負ってくる」の言葉がありますが、「鴨」は賀茂氏のことであり「葱」は禰宜
神社の宮司や神官のもとで働く神職を意味します。

賀茂氏が禰宜を背負ってくるというのは、「賀茂氏が禰宜を派遣する」という意味なのです。
c50a2b99








❖物部系神社
は秦氏系より古く、諏訪大社
出雲大社大神神社などで
 本部は籠神社です。

❖秦氏系神社は、稲荷神社が一番多くあり多くの八幡神社などで
 本部は伊勢神宮す。

 
旧約式の神社は、秦氏の伝道とともに新約式に移行しましたが、改宗しない祭司は隠れて
動物の犠牲の儀式を続けていました。

近年まで物部系の諏訪大社では、動物の犠牲の儀式を行っていました。
harumiya01_l300250








そして、後世に仏教が日本に導入されてからは動物の殺生を禁じる仏教の教えから
動物の犠牲の儀式はより隠されました。


兵庫県の赤穂の大避神社の境内には古い井戸が1つあり、井戸の壁面が12本の石柱となっています。
井戸の名前は「いさら井」といいます。
src_10239039







NCM_0250



























同じ「いさら井」の名前を持つ井戸が、秦河勝が建立した京都の太秦の
広隆寺にもあります。 
「いさら井」とは、イスラエルのことです。
『聖書』には「ヤコブの井戸」が登場します。

ヤコブイスラエルと改名し、イスラエルの子孫からイスラエル12部族が誕生しました。
つまり「いさら井」がイスラエルの井戸であれば、それに使用された12本の石柱は
イスラエル12部族を象徴しています。

秦河勝が坂越に来たとき、一緒に来た家来が12人おり、その子孫12家が大避神社の
筆頭氏子になったといいます。

秦河勝が率いて来た家来の12人は、十二使徒です。

広隆寺の近くに大酒神社があります。
56_1


















大酒神社は古くは「大辟(おおさけ)神社」と表記しました。

「辟」は、重い刑罰、死刑を意味します。
そして、景教(ネストリウス派)では「大辟」の字に似ている「大闢(だいびゃく)」とは
ダビデのことです。

イエス・キリストは血統は、「ダビデの子孫」として生まれ「ダビデの子」と
人々によばれていました。


世界最強の秘密結社" 八咫烏 "
秦河勝のころに、八咫烏と対して置かれたのが「忍(しのび)」です。
甲賀伊賀忍者の里は、八咫烏の領域の中央辺りに置かれています。 

日本の表記「伽耶」は、中国の表記では「加羅」です。
「カラス」の名は秦氏の大集団が日本海を渡る前に朝鮮半島の南に建国した「加羅に巣」
を置いたことに由来するともいわれます。


「八咫烏」は裏で神道とこの国を支えています。
八咫烏は皇室と同じく戸籍を持っていなく、皇室と同じように国民ではありません。

そして、公務で忙しい表の天皇陛下が行えない神道の儀式は八咫烏が代行します。

▣ 
神戸の超人 坂本廣志(宇宙名287フヤナ:元八咫烏) の証言 ※地球の真実より


八咫烏は、原始キリスト教会と同じく70人の指導者がいて、12人の上位組織があり
「大鳥」と呼ばれます。

12人の大鳥のうち上位の3人でグループになり、天照大神と思いや望み、目的において
一致しているので、天照大神を表す「
金鵄(きんし)」とも呼ばれ、裏天皇ともよばれます。

金鵄は表には出てきません。
神道には、神に従う人向けの裏の真の教えと神に従わない人向けの表の教えがあります。 
教えに裏があるということは、天皇にも表と裏があることを意味します。
この世的な神に従わない人々が目にする天皇は、表の天皇陛下です。
天皇陛下とは神道儀式を行う中心的存在で、祭司です。
明治時代になって天皇陛下は国家の元首となり、日本が戦後に民主主義になった現在は
天皇陛下は外交行事や民行事などにかかわり古来の儀式を十分に行う時間がなくなってしまいました。

今の天皇陛下に儀式のすべて負わせるのは不可能で、儀式の中でもに秘儀の多くは
裏天皇の儀式として行われることになりました。


上賀茂神社、下鴨神社大祭司である賀茂氏が、神道の総元締めとして代々天皇陛下の
祭祀儀式を取り仕切ってきました。 

伊勢神宮と賀茂神社が表裏一体の関係にあり、全国の神社の頂点に立つのは伊勢神宮ですが
八咫烏の本窮地であり、実質的な権限を握っているのは賀茂神社です。

伊勢神宮の皇大神宮(内宮)豊受大神宮(外宮)を裏で支えているのは「伊雑宮」という
物部系の伊勢神宮であり、下鴨神社と上賀茂神社を支えているのは
下鴨神社境内にある物部系の河合神社です。


下鴨神社の境内は「糺の森(ただすのもり)」があり、「糺す」は罪の有無を追及することで
池で罪が赦される
バプテスマの儀式が行われていました。
八咫烏の本拠地は、下鴨神社です。
(提供:佐藤 昭信 編纂:只埜セツ子)

世界に200ある闇組織の内5つの組織が日本に存在している
35,000人のうち200人が上層部であり竹内文書にある五色人と同じ五龍会でできている
赤烏 = 赤龍会 = 赤人会 = 赤神会
黒烏 = 黒龍会 = 黒人会 = 黒神会
黄(金)烏 = 黄龍会 = 黄人会 = 黄神会
白烏 = 白龍会 = 白人会 = 白神会
緑(青)烏 = 緑龍会 = 緑人会 = 緑神会

8b837839























e2bdef25





svg

























とある情報誌に掲載されていた上の写真から頭山満氏と犬養毅いう方にたどり着いた。
八咫烏は名前がないとあったが何かしら関係があるとみている。
裏天皇=八咫烏
何か期待と畏敬の念が湧いてくるのは私だけだろうか。
※更に呉竹会というHPにたどり着くとそこにはイスラエル12部族ガド族の桐紋があった。57f2960d







WJEg5IOu300250





八咫烏250








                             ブログランキング・にほんブログ村へ