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現代のイスラエル国家は「ユダヤ人」とは
ユダヤ教によって定義された集団としています。
現代のユダヤ人は、こう言っています。

「ユダヤ人は人種ではない。ユダヤ教を信仰している人がユダヤ人です。」 

しかしこれには誤魔化しやがありますので騙されないよう注意が必要です。


本当のユダヤ人
古代の「ユダヤ人」とユダヤ教徒の「ユダヤ人」は同一ではありません

現在ユダヤ人と自称している白人系の多くは偽ユダヤ人です。
「ユダの国」をギリシャ風によぶと「ユダエア」、つまり「ユダヤ」というわけです。
ヘブル語ではユダユダヤイェフダー(八幡=ヤハタ)と発音します。
ヘブル人(イスラエル・ユダヤ人)の多くは、セムやヤペテの子孫で多くはセムの子孫でした。
モーセやダビデソロモンイエス・キリストもセムの子孫だったと記述されています。
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簡単に言えば
ヤコブの子孫であるイスラエル12部族が正統ユダヤ人です
そもそも正統などと言うのも変な話ですが
世の中にはそれだけ多くの自称ユダヤもどきが溢れているので強調するのも仕方ありません
※下記系図参照
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イスラエル民族は、統一王国を築きますが、王家の出身部族でもあるユダ族は早くから勢力を拡大し
他のイスラエル部族と対立するようになります。

そして、王国はユダ族を中心とする南の2部族北の10部族に分裂してしまいます。
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古代イスラエル王国の別称のヘブルは 、日本では「ヘブライ」といいますが、これは中国の漢字で
「希伯来」と表記したものが、日本語に翻訳されたときに「ヘブル」と訳さず「ヘブライ」と
誤訳された名残です。

本来の発音はヘブル語ではイブリーです。
一般にユダヤ人の祖といわれる人物はアブラハムですが、アブラハム自身はヘブル人であって
イスラエル人やユダヤ人ではありません。


創世記の第10章には、諸民族の起源が記されています。
それによると世界のすべての民族は、ノアの3人の息子セムハムヤペテから分かれ出ました。
洪水のときノアの箱船に乗ったのは、ノアとその妻、および彼らの息子セム、ハム、ヤペテと
その妻たち、計8人でした。

現在の人類は、彼らから生まれ出ました。
したがって現在の人類は、すべてノアの子孫であり、またすべての民族はセム、ハム、ヤペテ
3人を先祖として、分かれ出たことになります。

セム、ハム、ヤペテは全民族の父祖です。
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約4000年前、四大文明とよばれる世界古代文明が一挙に開花しました。
四大文明とはエジプト文明メソポタミア文明インダス文明黄河文明のことです。
古代アメリカにもヤレド人の文明がありましました。

世界の古代文明を築いたのは、大洪水から生き延びたノアの3人の息子と嫁たちの子孫です。
つまり、「五大文明」はノアの末裔の文明です。
箱船が漂着したアララテ山系から、コーカソイドがヨーロッパから中国へ移動し
モンゴロイドが中近東からアジアへと移動、ネグロイドがアフリカへ移動し
それぞれの文明を築きました。
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ノアの子セム、ハム、ヤペテの系図は次のとおりである。洪水の後、彼らに子が生れた。 

ヤペテ(白人系)の子孫はゴメル、マゴグ、マダイ、ヤワン、トバル、メセク、テラスであった。 
ゴメルの子孫はアシケナズ、リパテ、トガルマ。 
ヤワンの子孫はエリシャ、タルシシ、キッテム、ドダニムであった。 
これらから海沿いの地の国民が分れて、おのおのその土地におり、その言語にしたがい
その氏族にしたがって、その国々に住んだ。 

 
ハム(黒人系)の子孫はクシ、ミツライム、プテ、カナンであった。 
クシの子孫はセバ、ハビラ、サブタ、ラアマ、サブテカであり、ラアマの子孫は
シバとデダンであった。 

クシの子はニムロデであって、このニムロデは世の権力者となった最初の人である。 
彼は主の前に力ある狩猟者であった。これから「主の前に力ある狩猟者ニムロデのごとし」
ということわざが起った。 

彼の国は最初シナルの地にあるバベル、エレク、アカデ、カルネであった。 
彼はその地からアッスリヤに出て、ニネベ、レホボテイリ、カラ、およびニネベとカラとの間にある大いなる町レセンを建てた。 
ミツライムからルデ族、アナミ族、レハビ族、ナフト族、パテロス族、カスル族、カフトリ族が出た。カフトリ族からペリシテ族が出た。 
カナンからその長子シドンが出て、またヘテが出た。 
その他エブスびと、アモリびと、ギルガシびと、ヒビびと、アルキびと、セニびと、アルワデびと
ゼマリびと、ハマテびとが出た。

後になってカナンびとの氏族がひろがった。 
カナンびとの境はシドンからゲラルを経てガザに至り、ソドム、ゴモラ、アデマ、ゼボイムを経て
レシャに及んだ。 

これらはハムの子孫であって、その氏族とその言語とにしたがって、その土地と、その国々にいた。 

セム(有色人種系)にも子が生れた。
セムはエベルのすべての子孫の先祖であって、ヤペテの兄であった。 
セムの子孫はエラム、アシュル、アルパクサデ、ルデ、アラムであった。 
アラムの子孫はウヅ、ホル、ゲテル、マシであった。 
アルパクサデの子はシラ、シラの子はエベルである。 
エベルにふたりの子が生れた。そのひとりの名をペレグといった。
これは彼の代に地の民が分れたからである。その弟の名をヨクタンといった。 
ヨクタンにアルモダデ、シャレフ、ハザルマウテ、エラ、ハドラム、ウザル、デクラ、オバル
アビマエル、シバ、オフル、ハビラ、ヨバブが生れた。

これらは皆ヨクタンの子であった。 
彼らが住んだ所はメシャから東の山地セパルに及んだ。 
これらはセムの子孫であって、その氏族とその言語とにしたがって、その土地と、その国々にいた。 
これらはノアの子らの氏族であって、血統にしたがって国々に住んでいたが、洪水の後
これらから地上の諸国民が分れたのである。 (
創世 10:1-32
 
ノアの時代の洪水前には、すでに人種は分かれていました。
ノアの息子たちや息子たちの妻が、それぞれコーカソイド(白人)やニグロイド(黒人)や
モンゴロイドなど有色人種の遺伝子を強く持っていたのでしょう。

ハムの妻のエジプタスは黒人でした。
各人種は、自分たちに合う環境に移動したとも考えられます。
そして、インドのアーリア人のように白人なのに肌が黒くなったような後天的な変化もあります。
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ヤペテの子孫

ヤペテは白人種の祖です。
ヤペテの名はヘブル語の「広い(パーター)」の派生語です。
事実、ヤペテ系民族はその名のとおり広い範囲に移り住みました。
ヤペテから出た諸民族は「白人」とよばれる欧米人やロシア人をはじめ、ペルシャ人、インド人
などとなりました。

ヤペテの子は、ゴメル、マゴグ、マダイ、ヤワン、トバル、メセク、テラスでした。(創世 10:2
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ヤペテの子ゴメルは小アジア地方(トルコ)やヨーロッパ地方に移り住んだ民族で中国方面にも
広がっています。

このようにヤペテの子孫は、主にヨーロッパやロシア方面に移り住みインドにも移り住みました。
ヤペテ系民族は「インド・ヨーロッパ語族」の人々とほぼ同じです。
ヨーロッパからインドにかけての広い地域に分布する民族グループです。
ヤペテ系の人々の肌は、大体において白色から黄色がかったうすい褐色をしています。


ハムの子孫 
カインは黒人の祖になりました。
カインの子孫のエジプタスハムの妻となり黒人種が続きましたが、ハムは黒人ではないし
ハムの妻はふさわしかったので、
ノアの時代の洪水から救われました。
ノアは四百五十歳でヤペテをもうけ、四十二年後にヤペテの母によってセムをもうけ
五百歳のときにハムをもうけた。 (
モーセ 8:12  
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エジプトの地は最初に一人の女によって発見された。
この女はハムの娘であり、エジプタスの娘であった。
エジプタスとは、カルデヤ語でエジプトを意味し、禁じられたものという意味である。 
この女がその地を発見したとき、それは水の下にあったが、後に彼女はそこに息子たちを定住させた。
このようにしてハムから、その地にのろいをとどめた人種が出たのである。(アブラハム 1:23-25
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ハムの妻エジプタスは黒人で、娘も妻と同じ名前でエジプタスです。

そして、ハムの娘のエジプタスの息子がカナンで黒人でした。
エジプト文明は、ノアの時代の洪水後にカインの子孫だったエジプタスが、夫ハムとともに
復活させた古代文明だったのです。

ノアは息子たちにこう述べました。
「セムの神、主はほむべきかな、カナンはそのしもべとなれ。 
 神はヤペテを大いならしめセムの天幕(宗教)に彼を住まわせられるようにカナンはその僕となれ」
白人は武力で世界を制覇しますが、宗教ではアジア人の傘下に下るという意味です。
一方、ハム(黒人)の宗教はほぼ消失してしまい、カナン(カナンの子孫の黒人)は
預言と世界史にあるとおりに奴隷となってしまいます。


奴隷制度において、白人たちは黒人奴隷を所有する根拠の1つとして、この聖句を用いて
自己正当化しますが、非人道的な奴隷制度は、神が認めない罪です。

ノアが述べた「しもべ」とは、カナンには神権がないので教会での指導や神権者の務めをしないで
セムやヤペテとともによい行いをするということだと思われます。


ハムの子孫のすべてが黒人というわけでもありません。
ハムの子孫のすべてが、アフリカ大陸に移り住んだのではありません。
ハムの子孫の一部は中近東にも広がりました。
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ハムの子クシの子孫サブタ(創世 10:7)は、アラビア半島南端のハドラマウトに定住しました。
同じくラアマ(創世 10:7)は、ハドラマウト北方に住んだランマニテ人のことです。
次に見るようにパレスチナ地方に移り住んだ人々もいました。
ハムの子ミツライムの子孫カスル族は、ペリシテ人の先祖で(創世10:14)パレスチナ地方に
移り住みました。 

パレスチナ」の名は、彼らペリシテの名に由来するものです。
彼らはいずれも、パレスチナや、レバノン、シリア辺りの町々の住人となったのです。
ハム系の人々の肌の色は、大体において黒色から黄色がかったうすい褐色まであります。

世界中に宗教が存在し、主なだけでもキリスト教、ユダヤ教、イスラム教、仏教、バラモン教
ゾロアスター教ジャイナ教ヒンドゥー教などが存在します。
その中でとくに世界宗教となると、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の「三大宗教」があり
仏教もあります。

これらの宗教はアジアを発祥として誕生した宗教であり、儒教を含めて
すべてがセム(アジア人)の末裔から生まれています。

白人や黒人の宗教は、世界宗教にまで育ちませんでした。

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オーストラリア原住民の
アボリジニも黒人の血を持ちます。
「アボリジニ」とは英語において日本語の原住民にあたる言葉でしたが、先住民という概念が広がる
につれオーストラリア先住民という意味合いで使われることが多くなりました。

「アボリジニ」に差別的な響きが強いため、現在では「アボリジナル」または
「オーストラリア先住民」という表現も一般化しつつあります。

南極大陸の文明もカインの末裔が築いた文明だったことになるのです。
すなわち南極大陸文明はアボリジニの風貌をした人々が、狩猟をしながら生活していた地域
だったのです。


大地が分かれ始めた紀元前2200年ごろから紀元前2000年ごろにインド亜大陸ユーラシア大陸
衝突したのちは、アジア一帯に広がっていたセムの子孫やセムの子孫の
アブラハムの一派が
やって来ました。

そして、セムの子孫(有色アジア人)とハム系(黒人)が混合しました。
DNAの研究から、南インドのドラヴィダ人アボリジニは同系統といわれています。
生き延びた人々の子孫が今のタミル人として生き残り、インドのタミル・ナードゥ州一帯から
スリランカ北東部、そしてマレーシアに住んでいます。
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セムの子孫

セムはおもに、ユダヤ人や中近東の諸民族の先祖となりました。 セムは、アラブ人、ヘブル人
バビロニア人、シリア人、フェニキア人、
アッシリア人を含む、セム族の始祖とされています。
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「民族」とか「人種」でよく知られているのが「黄色人種、黒色人種、白色人種」の分類です。
それは「モンゴロイドネグロイドコーカソイド」の名でもよばれています。
大体において白色人種(白人)はヤペテの子孫、黒色人種(黒人)はハムの子孫
であるということができます。

「黄色、黒色、白色人種」の分類は肌の色で人類を分けた便宜的な分類にすぎません。
実際には人類はそのように単純に三3つの色で区分できません。
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「黄色人種」とよばれていますが、モンゴロイドの肌の色は、淡黄白色から褐色まで
かなりの幅があります。

モンゴロイドの身体的特徴としては、目頭に蒙古襞(もうこひだ)があり、鼻が低く獅子鼻
髭が薄い、頭髪は黒色で太い直毛です。
 
先天的に発生する幼児の主にお尻の皮膚にでる薄青い灰色の母斑である蒙古斑が目立ちます。
蒙古斑は程度の差こそあれ、コーカソイドやネグロイドにもあります。

コーカソイドの場合は蒙古斑の色が薄いため、ネグロイドの場合は肌の地色が濃いため目立ちません。

ほかにも中近東や東南アジアには、中間的な肌の「褐色人種」とよばれる人々がいます。
したがって「黄色人種」や「褐色人種」の場合には、多少複雑な要素がからんできます。

セムの子孫の肌は、大体は黄色がかった白色か褐色をしています。
セムの子孫は、初めは主に中近東の地域に移り住みました。

モンゴロイドの原初の居住地は、ヒマラヤ山脈及びアラカン山脈よりも東および北側とされ
近年のDNA分析によれば、モンゴロイドはアフリカから
アラビア半島インド亜大陸を経由し
ヒマラヤ山脈アラカン山脈以東、そしてアメリカに移住した人々です。

第2部は更に明らかな事実を紹介したいと思います
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