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本当のユダヤ人と偽ユダヤ人1/2の続編です。

ノア(BC3000‐2000)の息子に義人
セムがいました。
セムはヘブル語での王の意味のメルキゼデクとよばれ、アブラハムに神権を授けています。
セムの子孫はエラム、アシュル、アルパクサデ、ルデ、アラムであった。 
アラムの子孫はウヅ、ホル、ゲテル、マシであった。 
アルパクサデの子はシラ、シラの子はエベルである。 (創世 10:22-24
「ヘブル人」とは、「エベル」の名前に由来しているとも考えられています。

アブラハムはユダヤ教、キリスト教、アラブ人やイスラム教徒でも父祖として尊敬されています。
アブラハムに生まれた子らのうち長子相続権(生得権)を継承したのは、正妻サラの子イサクです。
仕え女(つかえめ、女奴隷)のハガルが産んだイシマエルの子孫アラブ人となります。
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イサクの子ヤコブ(
相撲の祖)はのちに神から「イスラエル」という新しい名を与えられます。
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そしてイスラエルには12人の息子たちが生まれます。
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アブラハムの孫でイスラエルと改名したヤコブの12人の息子らの子孫はイスラエルの12部族
あるいはイスラエルの子らとよばれます。※純血ユダヤ人

ルベン、シメオン、レビ、ユダ、イッサカル、ゼブルン、ダンとナフタリ、ガドとアセル、ヨセフ
とベニヤミン
が12部族の名です。


やがて一家はエジプトに移住します。
そこで400年暮らすうちに彼らの子孫は増え広がり、ついに周りのエジプト人とは違う独自の宗教や
文化を持った民族「イスラエル人」に発展します。


奴隷だった彼らは指導者モーセに率いられてエジプトを脱出し、カナンの地に移住しました。
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イスラエル人がエジプトにいた時代に混血があり、エジプト脱出時には異民族と結婚した
一部の人々がその子孫がいました。(
出エジ 12:38レビ 24:10民数 11:4
イスラエル人​は​異邦人​との​結婚を禁止されていました。(申命​ 7:1-3

イスラエルの12人の息子たちそれぞれの子孫ごとに、12部族に分かれていました。
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ヨセフの2人の息子、マナセとエフライムは受け継ぎの土地を与えられました。

これにより12部族の数は保たれました。
イスラエル(ヤコブ)は死を前にして各部族の指導者に祝福を与えました。
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長子の特権はヤコブの2番目の妻ラケルの第一子ヨセフに与えられることになりました。

レビは神権の務め(祭祀)をなす部族として主から選ばれ全部族の中で特別な務めを果たすように
召されたため部族として数えられることはなく部族としての受け継ぎはありませんでした。

メシヤ(イエス・キリスト)が来られるまでは、ユダの部族に属する者がイスラエルの民を
統治することになっていました。


紀元前922年ごろのソロモン王の死後、北イスラエル10部族南ユダ2部族の王国に分かれました。
日本の南北朝時代は古代イスラエルの争いの延長なのかもしれません。
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南王国はユダ族が中心だったためユダ王国とよばれ、北王国はイスラエルの残りの大半の部族が
いたためイスラエル王国とよばれるようになります。


そのような南北分裂時代がしばらく続いたのち、北イスラエル王国はアッシリアに
滅ぼされてしまいます。※
アッシリア捕囚
ユダ王国もバビロンによって滅ぼされてしまいますが、70年後にはペルシャによって解放され
さらにはギリシャ人が彼らを支配するようになりました。※バビロン捕囚


このあたりから、彼らのことを「ユダヤ人」とよぶようになります。
「ユダの国」をギリシャ風によぶと「ユダエア」、つまり「ユダヤ」というわけです。
ヘブル語では「ユダ」も「ユダヤ」も「イェフダー」と発音します。
『旧約聖書』からユダヤ人には、モンゴロイドも多くいたと分かります。
ヘブル人(イスラエル・ユダヤ人)の多くは、セムやヤペテの子孫で多くはセムの子孫でした。
モーセやダビデソロモン、そしてイエス・キリストもセムの子孫だったと記述されています。

一般にユダヤ社会では、ヨーロッパ系ユダヤ人「アシュケナジム」とよびます。
中東系ユダヤ人を「セファルディム」とよんでいます。
通常は住んでいる地理的な区別で人種的な区別ではありません。

ユダヤ人はディアスポラ後の民族移動時代(2世紀‐7世紀)、ほとんどのユダヤ人は
地中海沿岸に住んでいたので、白人との混血が進みました。



ユダヤ教改宗者の白人
現在のイスラエルは白人系ユダヤ人がほとんどですが、紀元前のユダヤ人は現在のように
多くが白人ではありません。

現在の中東の主な有色人種やモンゴロイド、モンゴロイドとの混血の人々が多くいたのです。
 
現代のイスラエルにいるユダヤ人は、白人系民族のユダヤ教改宗者です。
すなわち血統的なイスラエル人ではなくユダヤ教徒の白人という意味でのユダヤ人です。

紀元9世紀ごろ多くの白人たちがユダヤ教に改宗してユダヤ人になりました。

白人系民族のユダヤ教改宗者の人々は、紀元7世紀ごろに黒海北方に存在した
アーリア系白人国家「
ハザール・カガン国」の末裔ということが歴史的に判明しています。 
ハザール・カガン国は、紀元7世紀から10世紀にかけて存在したコーカサスから
カスピ海北岸の総人口が100万の遊牧国家で、交易活動を通じて繁栄しました。

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ハザール・カガン国は、
東ローマ帝国ウマイヤ朝と接していました。
東ローマ帝国はキリスト教を国教とし、ウマイヤ朝はイスラム教でした。
両国は宗教的に対立し、その影響はハザール・カガン国にもおよびキリスト教かイスラム教か
どちらかの宗教に改宗せよ
と迫ってきたのです。 

これに対して、バザール・カガン国の王家は折衷案として、両方の宗教のルーツともいうべき
ユダヤ教を国教にすることを選びました。

ユダヤに同化した理由は、キリスト教もイスラム教もユダヤ教を母体にした宗教だから
ユダヤ教に改宗してしまえば、両国からの宗教的干渉を回避できると計算したためでした。


1つの国がユダヤ教に改宗した例は世界史において
このバザール・カガン国しかありません。

ハザール・カガン国は、ユダヤ教に国をあげて改宗した白人国家だったのです。
彼らはユダヤ教に改宗しただけでなく、自分たちは「血統的にもアブラハムの子孫」である
と嘘をつきはじめました。


この紀元8世紀末~9世紀にかけて、全国民がユダヤ教に改宗してしまうという世界史上例を見ない
ことを成し遂げてしまったハザール・カガン国は、何とか持ちこたえたものの
東ヨーロッパの
キエフ大公国と新たに台頭してきたモンゴル帝国の攻撃を受け紀元11世紀前後に
滅亡します。

このときに発生した多くの難民(改宗ユダヤ教徒ハザール人)は西へと移住し東欧に住み着き
現在のヨーロッパ人
となったのです。

こうしてハザール人ユダヤ教徒は歴史上消滅しました。
いつしか白人系ユダヤ人が血統的なユダヤ人ではないと指摘することは
国際的なタブーになりました。

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そこで、この問題に決着をつけるべく遣伝子調査がなされました。

指標となったのはレビ族の中でもアロン直系のコーヘン祭司)です。

レビ族は男系であり、戒律が厳しいので比較的純粋な遺伝子が保存されていると期待されました。
コーヘン、もしくはコーへンを意味する名前をもったユダヤ人の遺伝子を調べた結果
白人系ユダヤ人は48%、これに対して中東系ユダヤ人の58%にコーヘン特有の遺伝子が
確認されました。

つまり、民族的な統計に差はないという結論です。

しかし、調査対象がレビ族のコーヘンだけで調査に問題があることが指摘され再調査となりました。

2012年、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学のエラン・エルハイク博士は遺伝医学の立場から
改めてユダヤ人の遺伝子を調査し、その結果を論文として発表しました。

それによると、白人系ユダヤ人の遺伝子は中東系よりもコーカサス地方のジョージア(グルジア)
アルメニア人アゼルバイジャン人に近いといいます。
これらの民族はハザール・カガン国の住民と同族です。

イスラエルの国に多くの白人系ユダヤ人がいるのは、紀元2世紀ごろからユダヤ人が離散して
ヨーロッパに住んでいて混血が進んだことと、紀元9世紀ごろ白人のハザール人がユダヤ教徒になり
戦争などの難民は東欧に移住しまし、白人系ユダヤ人としてイスラエルに移住したからです。


もともとモンゴロイドは多くの白人や黒人以外の人種との混血が進んでいましたが
旧約聖書の時代以降にイスラエルにモンゴロイドのユダヤ人が
ほとんどいないのは紀元前721年に10部族がいなくなったことと
さらに混血進んだからです。


ハザール人ユダヤ教徒が広く公に知られるようになったのは、20世紀ユダヤ人ジャーナリストの
アーサー・ケストラーが著書『第13支族ユダヤ人とは誰かで発表したことがきっかけです。




ユダヤの散乱
アルザル(シャンバラ)と日本の民
北イスラエル王国
と南の2部族の王国の南ユダ王国はそれぞれの捕囚後に多くは
北極と日本に向けて
イスラエルを離れました。

マヤとインカの民
リーハイはマナセ族で、息子たちの妻たちはエフライム族でした。
リーハイの家族がアメリカ大陸に到着したのち、子孫は2つの民族に分かれました。
リーハイの息子ニーファイに従って、その多くがイエス・キリストの福音を信じる義しい人々
(イスラエル)は、自らを
ニーファイ人とよびました。主にマヤ人のことです。

またニーファイの兄のレーマンに従い福音を拒み、ニーファイに敵意を抱いた人々を
レーマン人とよびました。のちのインカ人です。
ニーファイ人は神に従っていましたが、やがて背教し、背教したレーマン人との戦争によって
ほとんど滅びました。

そして、ニーファイ人の末裔であるインディアンのホピ族は北アメリカに移動しました。

散らされたイスラエルを集めるという神の約束は明確です。
主が御自分の民イスラエルを主の来臨に先立って終わりの時に集められるのは
彼らが主を受け入れ主の
戒めを守るときです。
(提供:末日聖徒イエス・キリスト教会 編纂:武井泄月袴)


まとめ
東西ヨーロッパの自称ユダヤ人たちの正統な祖先は8世紀に改宗したハザール人たちであり
このことはシオニストたちのイスラエルへの執念を支える一番肝心な柱を損ないかねないため
全力をあげて暗い秘密として隠されつづけてきたのである
世界中の「ユダヤ人」の約90%は血統的に見ると
モーゼに率いられてエジプトを出たユダヤの民の末裔ではない

大部分はユダヤ教に国ごと改宗したタタール系民族で南ロシアに7世紀から10世紀にかけて
周辺諸民族を帝国支配下に置いていたハザール王国が起源である
要は現在のユダヤ人の90%はタタール系ハザール人だったということである
現在のユダヤ人に純血のユダヤ人が少ない理由としては北イスラエルの
イスラエル10部族が
アッシリア捕囚後にほとんど消えてしまったからであり
南ユダの2部族も極東イスラエルの日本に秦氏として渡来していたからである

もぬけの殻状態の古代ユダヤにはハザールの子孫が住み着き北極に向けて旅立ったユダヤ人は
アルザルへ導かれ現在は地上には住んでいない

古代イスラエルのから三種の神器を日本に持ち込み偽ユダヤのシオニストから守るため
日本人がユダヤ人であることと天照大神がイエス・キリストであり神道が古代キリスト教
であることを八咫烏という裏天皇を中心とし徹底的に隠し続けてきたのだ

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世界を裏で支配している偽ユダヤ人もどきのロスチャイルド家・ロックフェラー家
悪の枢軸ブッシュ家・アメリカ政府・イギリス王室・バチカンは
自分たちが偽ユダヤであることと巨人族(堕天使=悪魔)の末裔であることが
バレルことを最も嫌がる

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ハザールの末裔で最低の暗君ジョン王の子孫であることと反キリストのニムロデの子孫である
ことも知られてはならないタブーであると盟約に明記されている

※この事実を拡散されるとシークレットガバメントととして求心力を損なうからである
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南朝系の
明治天皇は日本の国家神道はユダヤ教であると明言されていましたが
この言葉は時期尚早で報道されることなく葬られました
ただし終末が近い昨今では徐々に情報開示されている
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※ユダヤ人と八咫烏について語っている分かり易い動画です

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