竹内文書









初代神武、第10代崇神、第15代応神には「神」の共通の字があります。

記紀は3人の天皇を最大限に賛美しています。
そして、九州から畿内へ侵攻してきたという業績を見れば、神武の東征ルートと
応神の東征ルートは一致します。

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つまり、応神も崇神も、神武天皇の業績を投影した神武の別名なのです。
初代 神武天=第10代 崇神=第15代 応神天となります。
神話の中の神は、働きなどで別の名前や別の存在として表現されるので同一人物の場合があります。
「神」の共通文字こそが同一人物であることを示しているのです。


記紀の編纂者は、同一の天皇を分散させた結果、仕えた宿禰の寿命を延ばしたのです。

紀元5世紀の後半に25代武烈天皇の勅命によって、宿禰の孫・平群真鳥が神代文字で記された
万国史を漢字仮名混じり文に書き改めて巻物にしました。

真鳥はウサギのなめし皮に獣の油脂を混ぜた墨で書かれた神代文字を翻訳して和紙に記しました。
真鳥からあとは4代ごとに書を書き改め、ニスが塗られ油紙に包まれ銅管に入れて地中に
隠したといいます。

こうして、歴代の竹内家の宮司たちは「時いたれば秘史を皇室に奉還せよ」と子々孫々に伝え残し
それが『竹内文書』となって明治に登場したのです。

竹内文書の本質
『竹内文書』の本質は神武天皇以前の真実を明るみに出すことです。
『竹内文書』には聖書にない真理があります。

『竹内文書』は竹内巨麿自身(1875年?‐1965年)が改ざんして公表しました。
『竹内文書』は一般にアカデミズムからは偽書とされている古文書ですが、こには原本が存在します。
竹内巨麿が筆写した『竹内文書』には、現代の地名や現代の文章が多数出てきますが
原本にはこれがありません。

竹内睦泰は、秘密結社「竹内神道」のメンバーであり、口によって『正統竹内文書』
継承したと語っています。

その『正統竹内文書』には、現在の地名などはでてきません。

『正統竹内文書』は代々、武内宿弥が継承してきた物とされ、初めて『正統竹内文書』の内容を
公開したのが、 2013年発刊の『
正統「竹内文書」の謎』です。
それにはイエス・キリストの渡来伝承が記されていて、キリストを伊勢津彦と表記
青森の八戸から北海道へ向かい東へ向かっていったとされています。


アイヌを訪れた復活後のイエス・キリストのことを、アイヌでは「オキクルミ・カムイ」
アイヌラックルとよんでいます。
「オキクルミ・カムイ」はアイヌに「あなたがたのところに帰って来る」と言い残した
と伝えられています。


『わたしは去って行くが、またあなたがたのところに帰って来る』と、わたしが言ったのを
あなたがたは聞いている。

もしわたしを愛しているなら、わたしが父のもとに行くのを喜んでくれるであろう。
父がわたしより大きいかたであるからである。 (マタイ 14:28

日本から東は太平洋とアメリカ大陸があります。
古代アメリカにも復活したイエス・キリストは降臨しました。

竹内巨麿は竹内家を継ぎ、1892年に秘史と神宝を竹内家の墓から掘り出しました。
巨麿は秘史に対しふさわしくあるべく自分の修行に時間をかけています。
巨麿が単なる詐欺師であれば、修行などにしなかったでしょう。
修行と称して鞍馬を2度訪れています。
鞍馬の近くの上賀茂には、幕末期に賀茂規清が創始した「鳥伝神道」があり、巨麿は
そことも関係を深めています。

烏伝神道には記紀以前の古史古伝も数多く伝わっており、規清が著した『鳥伝神道大意』には
『竹内文書』と酷似した「太古の古代大陸の沈没」や「五大大陸の浮上」の記録があります。


烏伝神道は八咫烏が伝える神道とされ「鴨神道」とも称され下鴨神社の宗教大系に属しています。
神道祭祀を一手に握る賀茂氏「鴨族」ともよばれ、全国の神社を支配しています。
中でも京都の下鴨神社と上賀茂神社の鴨族「賀茂氏」は事実上、神道の元締めです。
竹内巨麿は京都の鞍馬での修行では、仙人や天狗が現れて、神代文字などについて
伝授されたといいます。

鞍馬は八咫烏の本拠地で、鞍馬天狗は八咫烏の別名です。

竹内巨麿は『竹内文書』の公開に先立って、古来からの決めごととして神道管理組織「八咫烏」
承認を得るために話し合い、原本の骨子はそのままでも良いが改ざん部分を付け加えることが
承認の条件とされました。

そうして原本の骨子は変えずにばからしい語句を挿入し、その部分は改ざん部分だと示したのです。
八咫烏の言うことを聞かずに竹内文書を世に出していたら、竹内文書は永久に失われていたでしょう。
巨麿が殺されていたかもしれません。

『竹内文書』が脚光を浴びる状況は、神武天皇を始祖とする「皇国史観」にとっては
由々しき事態でした。


1930年(昭和5年)、『東京日日新聞』に批判記事が載りました。
警視庁が詐欺罪容疑で竹内巨磨、前田常蔵、高畠康寿を取り調べましたが不起訴になりました。
1932年(昭和7年)、特別高等警察が竹内巨磨を拘引、不敬の言動により同年6月
神宝拝観禁止、神社の鳥居を撤去させました。


神武天皇以前にも天皇陛下がいたとすると、昭和天皇の権威まで失墜しかねないので
特別高等警察は、1936年(昭和11年)、天津教が天皇家の菊花紋を勝手に使っているとして
不敬罪、原書や文献がないにもかかわらず、捏造によって『竹内文書』を作り出したとする
文書偽造行使罪、詐欺罪容疑で巨麿を逮捕しました。

1937年(昭和12年)、逮捕者15名中竹内巨麿のみが不敬罪で起訴されます。

1942年(昭和17年)、水戸地方裁判所と控訴院は有罪としましたが、1944年(昭和19年)
大審院は訴えの大前提が崩れているとし『竹内文書』の内容も単なる証拠不十分や宗教問題では
裁けないとして無罪としました。

この裁判にあたり皇祖皇太神宮から「神宮神祠不敬被告事件上告趣意書」が、神宝を含む
竹内文書約4000点と史跡の現地調査の報告書などとともに提出されたのです。

提出物は裁判が終了してもすぐに返還がかなわず、それら原本は太平洋戦争中の空襲により
一部が焼失したとされていいます。

原書と文献は今も某所に隠されたままのようで『竹内文書』の原書はあるのです。

『竹内文書』は、地球統治の中心と記されている「地日玉国」が記されています。
「地日玉国」とは地にあって太陽のような球体(星)の世界でありアルザルのことす。
聖徳太子は、地球天体アルザルについて、神から知らされていたと思われます。 
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物部氏の歴史が記されている一書の『先代旧事本紀大成経』は偽書とされていますが
多くの真理を含んでいて正しい内容も多いです。

『先代旧事本紀大成経』では「天隠山八十万里の中ほど、四十万里は天に隠されている」と記され
天隠山の名の由来でもあります。

天に上のほうが隠されている山だから、天に隠れる山ということで「天隠山」とい記述ですが
亜空間に隠された山、つまり神殿がある世界という意味です。


先代旧事本紀』で「天香語山(カグヤマ)」と表記されるを『大成経』では「天隠山」と
表記しています。

ヘブル語では、「חגור(カグ)」とは、「まもられた」という意味があります。 
アルザルの世界は、日の栄えの律法に従う人々の世界であり、神に守られているのです。
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ノアの時代の洪水前の時代に黄人、青人(緑人)、赤人、黒人、白人の「五色人」が生まれ
全世界に広がり、ノアの時代の洪水により赤人、青人は地上から失われたとあります。 
ノアの時代の洪水以前、何らかの原因でアルザルと地球上をつなぐプラズマ・トンネルが形成され
五色人がアルザルへ入ったのでしょう。
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              幣立神宮に飾られた五色人面
ノアの時代の洪水前の地球に存在した人類は恐竜と共存していました。
人々は巨大な城壁を築き、その内部で生活をしていました。
城壁に囲まれた都市は多くの部族国家を形成していて、五色人たちはそれぞれ種族ごとに
分かれていたと思われます。

状況から察するに、赤人と青人たちの国々は極地方にあったのでしょう。
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アルザルには、赤人、黄人、青人(緑人)、白人、黒人の五色人が住んでいます。
彼らは地球内天体アルザルの先住民であり、のちにイスラエル10部族が来たのです。
プラズマ・トンネルはノアの時代の洪水以後も形成され、しばしば地上へと運ばれてしまう
アルザル人もいます。


『竹内文書』には五色人が未曾有の大天変地異と地の四方(全地)がすべて大洪水で泥の海と化し
世界が滅んだとあります。
これはノアの時代の洪水です。
そして、水が引いたのち地上に「黒人の祖」がいたと記されています。
この「黒人の祖」はイヴの息子で人類初の殺人を犯し神に肌を黒くされたカインのことです。
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『竹内文書』では、地球の創世のころから地球の公転は1年が360日であったと記しています。
紀元前8世紀以前、地球の世界中で暦の1年は360日でした。
古代インドのバラモンは、1年は12か月、1か月が30日で1年は360日であると明確に記しています。
こればかりか、アッシリアやイスラエル、エジプト、メキシコ、マヤ、そして古代中国でも
同一の1年360日の暦法を使っています。

円の角度を360度に分割したのは、1年が360日であるからです。
 
ところが、紀元前8世紀を境にして、1年は360日に5日と4分の1日が付加され、現在のように
1年は365日と4分の1日の暦法になります。

ローマ帝国が創立した紀元前748年に中近東では「ナボナサル紀元の始め」として全暦の大改革が
行われ、同時代にローマでもそれまでの360日の暦を365日に改めました。

全地域がこの時期に、世界的に暦法の改正を行っているのです。
暦法が変更された理由は、火星が地球接近し地球の自転および公転軌道に影響を与え
公転軌道が変化したからです。 


上古二十五代は14代から21代の7代が天神七代を表す名前になっています。
そして、古事記の神の名前に対応しています。
 
 1代 天日豊本葦牙気皇主身光大神天皇
 2代 造化気万男身光天皇
 3代 天日豊本黄人皇主神天皇身光神
 4代 天之御中主神身光天皇
 5代 天八下王身光天皇
 6代 天目降美身光神天皇
 7代 天相合美身光天皇
 8代 天八百足日身光天津日嗣天皇
 9代 天八十万魂身光天津日嗣天皇
 10代 高皇産霊身光天津日嗣天皇=タカミムスビ
 11代 神皇産霊身光天津日嗣天日天皇=カミムスビ
 12代 宇麻志阿志訶備比古遅身光天津日嗣天日天皇=宇摩志阿斯訶備比古遅神
 13代 天之常立男身光天津日嗣天日天皇=天之常立神

 14代 国之常立身光天津日嗣天日天皇=1代 元無極躰主王大御神=国之常立神
 15代 豊雲野根身光天津日嗣天皇=2代 天地分主尊大神=豊雲野神
 16代 宇比地煮身光天津日嗣天皇=3代 天地分大底主大神=宇比地邇神
 17代 角杭身光天津日嗣天日天皇=4代 天地分大底主大神=角杙神
 18代 大斗能地王身光天津日嗣天日天皇=5代 天一天柱主大神躰光神天皇=意富斗能地神
 19代 面足日子天津日嗣天日天皇・
 20代 惶根王天津日嗣天日天皇=6代 国万造主大神身光天皇=於母陀流神

 21代 伊邪那岐身光天津日嗣天日天皇=7代 天御光太陽貴王日大御神大光日天神=イザナギ

 22代 天疎日向津比売身光天津日嗣天日天皇=天照大神=イエス・キリスト
 23代 天之忍穂耳身光天津日嗣天日天皇=アメノオシホミミ
 24代 天仁仁杵身光天津日嗣天日天皇=ニニギ
 25代 天津彦火火出見身光天津日嗣天日天皇=山幸彦ef4e2f47



















72代続く「不合朝」は神武天皇が日本に渡来する前の神武天皇や徐福の時代です。
神武天皇の父親の名は「ウガヤフキアエズ命」です。
韓国の学者は、これを「上伽那(ウガヤ)」と解釈します。
上伽那とは、伽那諸国の1つで 「大伽那」とも称しもっとも大きな力を誇った国です。
その国の名を冠する任那は、上伽那の大王だったことを物語ります。
つまり、神武が上伽那にいた、もしくはその一族の血を引く者であることを示唆しているのです。
(提供:佐藤 昭信・末日聖徒イエス・キリスト教会 編纂:只埜セツ子)
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